2018年8月15日(2) 辺野古、嘉手納、外務省、弁天島、アメリカ、普天間

2018年8月15日の85件のメディア記事を観察しました。この日確認した報道では、子ども、辺野古、オスプレイ、先送り、トラブル、引き取り手、アメリカ、プリン、外務省、普天間、嘉手納、弁天島、絞り込み、浮き彫り、といったキーワードが見出しに使われていました。85の記事へのリンクを参考までに書いておきますね。(全85件のうち、2ページ目35件)
本紙投稿欄「琉歌や肝ぐすり」に国頭村での戦争体験を詠んだ歌が寄せられた。「戦世はあわれ山おくにひなんかみ物がねらんそてつかだん」という作品だ。琉歌に詳しくなくとも歌意は理解できよう▼戦中、山奥に避難したものの食糧不足に苦しみ、ソテツを食べたという戦争の悲惨さを詠んでいる。
琉球新報2018/8/15沖縄
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設に関し、国は13日までに、8月17日以降と通知していた埋め立て土砂の投入を先送りする方針を県に伝えた。翁長雄志氏が知事在任中に死去したことを受け「喪に服す期間」と説明した。
琉球新報2018/8/15沖縄
日米地位協定の改定などを国に求める提言を7月に採択した全国知事会の上田清司会長(埼玉県知事)や県の謝花喜一郎副知事らは14日、防衛省や外務省を訪れ、採択内容の実現を要請した。これまで渉外知事会が日米地位協定の改定を求めたことはあったが、全国知事会が提言を要請するのは初めて。
琉球新報2018/8/15沖縄
米軍普天間飛行場所属のMV22オスプレイが14日、米軍嘉手納基地と鹿児島県の奄美空港に少なくとも2機が相次いで緊急着陸した。嘉手納に着陸した1機は、機銃に不具合があったとみられる。けが人の情報はないが、普天間のオスプレイが所属する基地以外の2カ所で同時刻に緊急着陸するのは異例。
沖縄タイムス2018/8/15沖縄
また、「米軍基地は負の遺産」としつつ「今や跡地利用をダイナミックに具体化していく段階だ」と言及。次期沖縄振興計画の策定や教育、福祉分野の充実、医療格差の是正などを実現するため「国との関係を改めて構築することが欠かせない」と述べ、政府と協調していく考えを示した。
沖縄タイムス2018/8/15沖縄
1952~53年に米軍医が撮影した写真に写る沖縄の住民から当時の話を聞き、米統治下の沖縄について学ぼうと、米カリフォルニア大学サンタ・クルーズ校の学生15人が2日から来沖している。学生らは、写真に収められている建物や風景を手掛かりに、写った住民たちを探しているが、困難を極めている。
琉球新報2018/8/15沖縄
2012年に米軍普天間飛行場に配備された垂直離着陸輸送機MV22オスプレイは、沖縄県内外、国外でたびたび緊急着陸や墜落事故などのトラブルを起こし、事故率も倍増している。普天間所属機を巡っては、16年12月に名護市安部沖で墜落事故を起こしたほか、17年8月にオーストラリア東部海上で墜落し、3人が死亡するなど重大事故が相次いでいる。
琉球新報2018/8/15沖縄
候補者については、翁長氏の遺志を受け継ぎ、米軍普天間飛行場の県内移設断念を求めた「建白書」の実現に取り組める人物を条件に選定することを決めた。各政党や団体で候補者を協議し、次回の会合で絞り込み作業に入る。
琉球新報2018/8/15沖縄
2017年に国内で発生した米軍関係者(米兵、軍属、家族)による一般刑法犯(刑法犯から自動車による過失致死傷などを除く)の起訴率が16・3%だったことが14日までに、日本平和委員会の調べで分かった。起訴件数が14件だったのに対し、不起訴件数は72件だった。
琉球新報2018/8/15沖縄
米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが14日、鹿児島県の奄美空港と米軍嘉手納基地に相次いで緊急着陸した。いずれも原因は分かっておらず、けが人の情報はない。目撃者によると、嘉手納基地では緊急着陸した1機の周囲に緊急車両が駆け付ける様子が確認されており、何らかのトラブルがあって着陸したとみられる。
琉球新報2018/8/15沖縄
14日、謝花喜一郎副知事は上京し、防衛省などを訪れ、基地問題に関する全国知事会の要請行動に参加した。県関係者によると、その日程の合間に政府関係者とも接触し、辺野古の問題でも意見を交わしたとみられる。県は国が土砂を投入する時期が確定すれば、その前に撤回に踏み切る方針だ。
琉球新報2018/8/15沖縄
ちなみに、それ以前は米軍の合同台風警報センターが命名する英語の人名が付けられていた。当初は「ジェーン」「キティ」など女性名だけだったが、災害を起こす台風が女性名だけなのは不公平だと、1979年から男女の名前を交互に付けるようになり、アジア太平洋諸国で組織する台風委員会で「なじみのある言語の方が防災意識が高まる」との意見が出てアジア名の採用が決まったという流れだ。
琉球新報2018/8/15沖縄
寺西会長は「戦争は私たちの幸せをすべて奪う。悲惨さを若い世代に引き継いでいかなければならない」とあいさつした。
大阪日日新聞2018/8/15大阪
法要を終え、若者には「本をたくさん読み、なぜ戦争が起きるのか、どうすれば起きないかを勉強してほしい」と期待する。そして慰霊塔近くにある市立聖賢小の児童5人は、京橋空襲に関する体験者への聞き取りや資料館での調査を通じて学んだことをつづった作文を読んだ。
大阪日日新聞2018/8/15大阪
戦争の悲惨さを直接記憶する人たちが年々減っていく中、平成最後の終戦記念日を迎えた。戦場はもちろん、銃後の世界でも戦争は多くの惨禍をもたらした。当時の思いを風化させず、平和の尊さを再確認する戦争経験者の話を紹介する。
大阪日日新聞2018/8/15大阪
今年は戦争に利用された動物も紹介する。飼育担当課長の今西隆和さんは「いまだ世界では戦争があり、戦地の動物園の動物たちは世話をしてもらえず亡くなっている。人間だけでなく動物にとっても、平和が大事だと知ってほしい」と話している。
大阪日日新聞2018/8/15大阪
戦後、6柱の遺骨が残り続け、田中さんは1990年に6柱を含めた全ての戦争犠牲者を追悼する慰霊牌を作った。縦90センチ、幅40センチの位牌に似た形になっており、足元に二つの頭を持つ想像上の鳥・共命鳥ぐみょうちょうをあしらう。
佐賀新聞2018/8/15佐賀
15日の終戦記念日を前に一見、戦争礼賛と思える戦中の風俗画の数々が鳥取県日野町根雨の「金持テラスひの」に展示されている。作者は米国で名を成した町出身の洋画家・木山義喬(1885~1951年)。関係者は「複雑な思いがあったはずだ」と胸の内を推し量る。
山陰中央新報2018/8/15島根
「戦争は愚劣だ」。そう言っていたという宗吉。彼の残したメロディーや書簡、関係者の証言をたどりながら、あの戦争が若者たちから奪ったものを考える。
中日新聞2018/8/15静岡
磐田市の田原交流センターは14日、戦争の悲惨さや平和の尊さを伝える集会「田原平和への集い」を同所で開いた。15日の終戦の日を前に、地元の高齢者2人が戦時中の体験を地域住民に語った。兄弟や親戚の出征を見送ったという浅井三郎さん(90)は、親族の入隊前夜に少ない食料や酒を持ち寄って送別会をした思い出を語った。
静岡新聞2018/8/15静岡
太平洋戦争で祖父が戦死した足利市助戸3丁目、パート従業員高野幸代(たかのさちよ)さん(44)は15日、東京都内で行われる全国戦没者追悼式に娘、母と3世代で参列し、本県遺族を代表して献花する。県遺族連合会によると、戦没者の孫が本県代表になるのは初めて。
下野新聞2018/8/15栃木
全国から公募した庶民の戦争体験をまとめた「戦中・戦後の暮しの記録-君と、これから生まれてくる君へ」が、暮しの手帖社から出版された。2390編の応募の中から157点を掲載。本県からは、戦時中に2人の幼子を育てた故金野乙女(こんのおとめ)さんの体験記「スイカ」も収録されている。
下野新聞2018/8/15栃木
「戦争さえなければ、こんな不条理なことは起こらなかった。繰り返してはいけない」(原尚子)管制外れ明るさ戻りきあの刻(とき)を憶う高橋良彰(80)西東京市「一九四五年の八月十五日の夕げの風景が今もまぶたの奥に浮かびます」と高橋良彰(よしあき)さん(80)=西東京市=は振り返る。
東京新聞2018/8/15東京
終戦から七十三年となる十五日、都内で戦争犠牲者を追悼し平和への思いを新たにする催しが開かれる。戦争に関する展示なども各地で行われている。江戸川、江東両区境にある旧中川のふれあい橋たもとで午後六時半、「旧中川東京大空襲犠牲者慰霊灯籠流し」が行われる。
東京新聞2018/8/15東京
終戦記念日に復活した「平和の俳句」には、73年前の戦争を生き抜いた人々からも、多くの句が寄せられている。平和への祈りを込め、17文字に忘れられない光景がつづられた。「こう正座して。
東京新聞2018/8/15東京
15日の終戦記念日を前に一見、戦争礼賛と思える戦中の風俗画の数々が鳥取県日野町根雨の「金持テラスひの」に展示されている。作者は米国で名を成した町出身の洋画家・木山義喬(1885~1951年)。関係者は「複雑な思いがあったはずだ」と胸の内を推し量る。
山陰中央新報2018/8/15鳥取
戦争を経験した世代は、平和が続く今もなお、佐々木少尉の慰霊を続けている▼顕彰碑を守る会の細川末喜事務局長(88)は「今の平和が築かれたのは戦争で亡くなった方々の犠牲の上にある。これだけは絶対に忘れないでほしい」と次世代への思いを語る。
山陰中央新報2018/8/15鳥取
終戦記念日に合わせて富山市の公共施設では、平和や戦争について考える展示会が開かれている。戦後七十三年を迎え、戦争の悲惨さや平和の尊さを改めてかみしめる機会になりそう。県民会館では「戦時下の暮らし展」を十八日まで開催。
中日新聞2018/8/15富山
式後、田林さんは「戦争の悲惨さを遺族らが胸に刻み、伝えていかなければならない」と語った。県内の戦没者は3万762人で、うち軍人軍属は2万4974人、外地一般邦人死没者は3043人、戦災死没者は2745人。
北日本新聞2018/8/15富山
戦争を語れる人も減り、2人は少しでも経験を伝えたいと思う。京子さんは「戦争のように愚かで残酷な行為はない。私たちのような思いは誰にもしてほしくない」と力を込める。
北日本新聞2018/8/15富山
炎天下の記憶は、戦争の理不尽と人の心の優しさを少年の胸に刻んだ。◎「精神棒も思いやりだった」/仙台の牧師八鍬輝隆さん(84)/東根の旧海軍飛行場整備に奉仕仙台市泉区の牧師、八鍬輝隆さん(84)。当時、国鉄職員だった父親が天童駅勤務だったことから、天童町国民学校(現天童市天童中部小)に通っていた。
河北新報2018/8/15山形
終戦直前の1945年8月14日にあった米軍による岩国大空襲の慰霊祭が14日、岩国市の麻里布町第三街区公園であった。戦没者の遺族や地域住民、市の関係者たち約50人が参列。犠牲者の冥福を祈り、不戦への誓いを新たにした。
中国新聞2018/8/15山口
太平洋戦争の終戦前日に光海軍工廠(こうしょう)(光市)が受けた空襲で犠牲になった旧制山口中学校の動員学徒の追悼式が14日、山口市糸米の山口高校であった。同級生や同窓生ら約40人が「平和の母子像」前で犠牲者を悼み、平和への誓いを新たにした。
山口新聞2018/8/15山口
戦争が地域にもたらした悲しみを、活字が伝えている。同市南岩国町の会…。
中国新聞2018/8/15山口
終戦前日の米軍による光市の光海軍工廠(こうしょう)への空襲で犠牲になった動員学徒を慰霊する集会が14日、同市と山口市であった。
中国新聞2018/8/15山口