2018年8月16日(1) 伊勢崎、たかし、鹿児島、横須賀、室戸鉄工所、あわら、神奈川

2018年8月16日の77件の記事を収集しました。一通りチェックした感じでは、いわき、次世代、飛行場、宿毛湾、パネル、佐世保、あわら、神奈川、中高生、特攻隊、引き揚げ、ランドセル、黙とう、コレラ、鹿児島、伊勢崎、シベリア、上武大、室戸鉄工所、コラム、名古屋、はなし、コンテスト、横須賀、繰り返し、焼夷弾、気持ち、二本松、タンク、核兵器、たかし、といったコトバが見出しに使われていました。77件の記事URLは以下の通りです。(全77件のうち、1ページ目50件)
大村秀章知事は「平成最後の終戦記念日となるが、過去の悲惨な戦争から学んだ教訓と平和の尊さを次の世代に伝えることを誓う」とあいさつ。遺族の代表らが壇上で献花し、犠牲者の冥福を祈った。太平洋戦争などで亡くなった県内の戦没者は、軍人、民間人を合わせて十二万六千人。
中日新聞2018/8/16愛知
戦争の悲惨さや平和の大切さを伝えるおはなし会が終戦記念日の15日、秋田市千秋矢留町のやどめ保育園で開かれた。園児とやどめ学童クラブの児童ら計23人が、絵本の読み聞かせや、戦争を題材にした語りに耳を傾けた。
秋田魁新報2018/8/16秋田
今も鼻に残っている感じだ」敗戦から間もない1945年8月28日、米軍のB29爆撃機が男鹿市の本山に激突、炎上した。当時14歳だった同市加茂青砂の石川浅男さん(87)は事故後、現場の惨状を目撃した。夕方、自宅にいた石川さんがふと窓の外を見ると、日本海を飛ぶB29が目に入った。
秋田魁新報2018/8/16秋田
「二度と戦争はしない」「核兵器の廃絶を」。人々の祈りが広がった。(保母哲)市川市では正午すぎ、JR市川駅コンコースなどで「平和の鐘」が打ち鳴らされた。
東京新聞2018/8/16千葉
平成最後の終戦記念日となった十五日、戦争犠牲者を悼み、惨禍の記憶を語り継ぐ人たちが県内各地で集った。岐阜市御手洗の岐阜護国神社では、戦没者追悼慰霊祭(日本会議県本部主催)があった。神社には第二次世界大戦などで亡くなった県出身の兵士ら約三万七千八百人が合祀(ごうし)されている。
中日新聞2018/8/16岐阜
大沢正明知事は式辞で「戦争の悲惨さ、平和の尊さ、わが国を守るために尊い命をささげた方々に感謝する気持ちを次の世代に継承することは、私たちの責務」と強調した。
上毛新聞2018/8/16群馬
こうした流れを追い風とみて、参加者は「核も戦争もない平和な世界を」と口々に訴えた。
上毛新聞2018/8/16群馬
いかなる理由があっても戦争はいけない」と涙ながらに訴えた。
上毛新聞2018/8/16群馬
戦争なんか、やるもんじゃない」。紘一さんは強調した。追悼式は五十六回目を迎え、参列者全員が黙とうをささげ、次の世代を担う若者代表として前橋育英高二年の岩渕圭佑さんと高崎健康福祉大高崎高三年の阿部夏佳さんが平和への誓いを読み上げた。
東京新聞2018/8/16群馬
戦争の痕跡を後世に伝えようと、群馬県伊勢崎市境平塚と埼玉県深谷市中瀬を結ぶ旧上武大橋の保存を求める会が今週末、両市でそれぞれ発足する。伊勢崎市民でつくる会は18日に、深谷市民らでつくる会は19日に発足式を開き、会の名称や代表を決める。
上毛新聞2018/8/16群馬
神奈川大非常勤講師の今井昭彦さん(62)=群馬県太田市牛沢町=は、明治維新以降の国家間戦争の戦没者に焦点を当てた本「対外戦争戦没者の慰霊」(御茶の水書房刊)を発刊した。30年以上、全国各地を回って忠魂碑と忠霊塔に刻まれた文字を解読。
上毛新聞2018/8/16群馬
戦争の悲惨さを風化させず平和の尊さを後世に伝えていく」と述べた。中嶋一郎さん(76)=御幸二=は、父の諒(まこと)さんが一九四四(昭和十九)年にミャンマーで戦死した。母は帰還者に尋ねるなどして、夫の最期の様子を調べたが、詳しいことは分からなかった。
中日新聞2018/8/16福井
太平洋戦争末期には海軍の特攻隊の訓練も行われた。終戦から七十三年。人々の記憶からその存在は薄れている。
中日新聞2018/8/16福井
北九州市では例年、各区主催で5月と10月に日露戦争なども含む明治時代以降の戦没者追悼式を開いている。8月15日には行政主催の行事はなく、遺族たちが鎮魂の集いを続けている。慰霊祭への昨年の参列者は、佐藤さんと別の男性の2人だった。
西日本新聞2018/8/16福岡
福岡県内の9万3千人超の戦争犠牲者を悼む「県戦没者追悼式」が15日、福岡市中央区の県立福岡武道館であった。「平成」最後の追悼式には、遺族ら約千人が参列。祭壇に白菊を手向け、これからも平和な時代が続くことを願った。
西日本新聞2018/8/16福岡
戦争の時代に育った陛下は、陸海軍を統べる将来の「大元帥」として期待を一身に受けた。1944年1月の作文には「(穏やかな正月を過ごせたのは)戦地の兵隊さんが命をすてて働いてくださっている」との記述がある。
西日本新聞2018/8/16福岡
戦争のことを語ることなく、2013(平成25)年に死去したという。展示会場には、当時の日本兵の訓練風景や坂本さんの若い頃の写真、当時の新聞記事などが展示されている。時間は午前9時~午後5時(入館は同4時30分)。
福島民友新聞2018/8/16福島
東京都千代田区の日本武道館で十五日に行われた政府主催の全国戦没者追悼式では、戦争で伯父を亡くした二本松市遺族連合会長の斎藤徳仁(とくじ)さん(68)が県代表として献花した。孫の松山流風(るか)さん(17)=本宮高三年=も参列し、不戦の誓いを心に刻んだ。
福島民報2018/8/16福島
磐梯町の主婦大塚好子さん(71)は会津地方の人々から聞き取った太平洋戦争時の体験談をまとめた手作りの文集を子どもたちに配り、平和の尊さを伝えている。知り合ったお年寄りが遭遇したつらく、悲しい過去に接し、活動を決意した。
福島民報2018/8/16福島
米軍の艦船が押し寄せる沖縄の海へ出撃していく。白鷺隊の最初の特攻は4月6日。3人乗りの艦上攻撃機14機が出撃し、13機の39人が散った。
神戸新聞2018/8/16兵庫
稔さんは「時代が変わっても、平和の大切さや戦争の悲惨さを正しく語り継ぎ、犠牲者の慰霊を続けないといけない」と力を込めた。稔さんの父健さんは、野砲兵第14連隊の陸軍兵長だった1943年3月3日、日本軍が侵攻していたオーストラリア委任統治領ニューギニア(現パプアニューギニア)の戦線立て直しのため輸送船で向かう中、敵機に襲撃され壊滅した「ダンピール海峡の悲劇」で戦死した。
茨城新聞2018/8/16茨城
父親を太平洋戦争の激戦地ニューギニア島で亡くしたという市連合遺族会長の滝一司さん(79)が「戦争の悲惨さが風化しつつあり、遺族の高齢化が進んでいる。小中学生らに理解してもらい、語り継ぐ後継者を育てることに努める」と追悼の言葉を述べた。
東京新聞2018/8/16茨城
平成最後の終戦の日の15日、県内では、戦争を風化させないよう、戦争体験者による講演会や戦没者追悼式が催された。◇水戸市立博物館は、戦争の記憶を語り継ごうと、体験者から話を聞く会を同市の県立歴史館で開いた。
東京新聞2018/8/16茨城
太平洋戦争中、ビルマ(現ミャンマー)で兄の勇さんを亡くした室戸鉄工所(小松市)会長の室戸實さん(92)は15日までに、勇さんが所属した部隊の元小隊長から27年前に託された隊員名簿を鉄工所内の記念館に収め、後世に伝えることを決めた。
北國新聞2018/8/16石川
通行人に悲惨な戦争を忘れず平和な日本を子どもたちに残すよう訴えた。盛岡市大通では会員ら約20人が参加。憲法9条改正に反対する署名活動も展開した。
岩手日報2018/8/16岩手
太平洋戦争の砲撃や原爆を生き抜き、東日本大震災で古里を襲う津波や原発事故に遭遇した。二つの災禍を乗り越え、壮絶で非情な体験を今に伝える。戦後73年目の夏。
河北新報2018/8/16岩手
戦争体験者や遺族の高齢化が進み、語り継ぐ難しさが増す中、参列者は「二度と遺族をつくってはならない」と平和な国づくりを静かに願った。本県代表で献花した盛岡市遺族会の工藤新悦(しんえつ)会長(80)=同市東緑が丘=は父新太郎さんを戦地で亡くした。
岩手日報2018/8/16岩手
太平洋戦争末期、多くの特攻隊員が出撃した南九州市知覧で15日、「平和へのメッセージfrom知覧スピーチコンテスト」があった。今年で29回目。2791点の応募の中から選ばれた中学、高校、一般の計12人が平和の尊さや命の大切さを訴えた。
南日本新聞2018/8/16鹿児島
戦争の記憶が薄れゆく中、参加者らは、犠牲者の冥福を祈りながら平和を訴え、若い世代は、不戦の未来への決意を新たにした。鹿児島市の探勝園では、市主催の慰霊祭があり、遺族や市民ら約250人が参列。鹿児島玉龍中学校3年の新名主美弥子さんが「戦争の過ちを繰り返さぬよう、恐ろしさと悲惨さを伝えていく」と慰霊の言葉を述べた。
南日本新聞2018/8/16鹿児島
「心を失っているように見えた」戦争被害の実相は、詳しく分からない。ただ戦争は、命だけでなく、生き残った人の心をも奪うと、その目は教えた。「戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える機会を、自分たちの手でもっとつくれるはず」模索する中、第2次世界大戦中、多くのユダヤ人難民を救った外交官・杉原千畝の生涯を伝えるパネル展が校内で開かれることを耳にした。
神奈川新聞2018/8/16神奈川
太平洋戦争後、横須賀・浦賀港に続々と上陸した引き揚げ者を取り上げたパネル展が19日まで、浦賀コミュニティセンター(横須賀市浦賀)で開かれている。栄養失調で痩せ細った復員兵や、船内でコレラがまん延して故郷を目の前にして命を落とした感染者ら、戦後の悲劇を200点ほどの写真や資料で伝えている。
神奈川新聞2018/8/16神奈川
甚太郎さんのことをこう教わったという正謹君は「必ず誰かが傷つき、死んでしまう戦争はいけない」。自分なりに、不戦の意味を学んでいる。ただ、秦さんには時代が流れる中で気がかりがある。
神奈川新聞2018/8/16神奈川
〈正午に重大なるニュースがあるといふので、みんな落着かず、たゞ自分の意思などを語るのみ〉不安な心持ちを伝える書き出しに続き、米軍機による空襲が記述され、最後に一言。〈大東亜戦争終結の大詔(たいしょう)下る〉欄外にはみ出るほどひときわ大きく、太く、そして赤く記された文字が、敗戦を知った時の衝撃を雄弁に語る。
神奈川新聞2018/8/16神奈川
終戦の日の十五日、太平洋戦争の県内の犠牲者を追悼する式典が横浜市港南区の県戦没者慰霊堂であった。県遺族会が主催し、各市町村の遺族会代表ら約百五十人が参列。正午の時報に合わせて黙とうし、犠牲者を悼むとともに平和への誓いを新たにした。
東京新聞2018/8/16神奈川
薬きょうの底には「1945」などの刻印が残る(宿毛市片島の自宅)連日の惨劇「戦争は人殺し」1945年7月4日の高知大空襲だけでなく、この年は県内各地でも沿岸部を中心に米軍の空襲が繰り返された。旧日本海軍の要衝だった宿毛湾もその一つ。
高知新聞2018/8/16高知
戦争を体験した世代が減る中で、子や孫、ひ孫の世代も足を運び、非戦の誓いを新たにした。第47回県戦没者追悼式が15日、県庁地下大会議室で開かれた。遺族ら450人が参列し、戦争の犠牲者に花を手向け、鎮魂と平和への祈りをささげた。
西日本新聞2018/8/16熊本
大津市の市民グループ「いまきいとき隊」は、大正・昭和の暮らしとともに、庶民それぞれの戦争体験をインタビューし映像に残す活動を続けている。8月15日の「玉音放送」をめぐり、「これで死ぬ心配しないでいい」「何を言っているのか分からなかった」「自害した同期がいる」とさまざまな思いが語られている。
京都新聞2018/8/16京都
今回のお言葉からは、戦争の記憶が風化することを懸念し、平和の歩みを語り継いでほしいとの願いも読み取れる▼来年の追悼式からは、5月に即位する皇太子さまが参列する。戦争の時代を経験してきた陛下の思いは、戦後生まれの新天皇にどのように引き継がれるのだろう。
京都新聞2018/8/16京都
終戦間近、京都府の旧木津町(現木津川市)で、変電所を機銃掃射する米軍機や、墜落する日本軍機を間近で見た男性がいる。宇治市木幡の上村正文さん(84)。戦争体験を語るのは初めてといい、「平成も終わる。
京都新聞2018/8/16京都
戦争体験者から聞いた話を友人と共有することがあるが、子どもたちに語り継ぐことが大事だと感じている」と話した。
伊勢新聞2018/8/16三重
出席した約60人が黙とうし、戦争や核兵器のない平和な世界の実現を願った。市民グループ「ふるかわ平和のつどい」の主催で22回目。佐藤昭一代表は「核も戦争もない世界の、一日も早い実現を誓い合う日にしたい」と呼び掛けた。
河北新報2018/8/16宮城
「日本は戦争に負けた」。誰かがそう言うと、周りは一気に騒がしくなった。泣きだす人もいた。
河北新報2018/8/16宮城
太平洋戦争末期、本土決戦の盾として南の地へと送られた元少年兵たち。死と隣り合わせの「特攻」に向き合い、記憶は心の澱(おり)となって残り続ける。終戦から73年。
河北新報2018/8/16宮城
市民団体や労働組合などでつくる「平和・民主・革新の日本をめざす宮城の会」(宮城革新懇)は15日、仙台市青葉区のエル・パーク仙台で、「ふたたび戦争を繰り返させない集い」を開いた。落語家の立川談四楼さんが講演し、軽妙な語りで来場した約250人を笑わせた。
河北新報2018/8/16宮城
清水努会長が「戦争を知らない世代が大多数になる中、多くの犠牲を礎に築かれた社会を守っていかなければならない。平成最後の8月15日を胸に刻もう」と呼び掛けた。参加者は「わたしの平和宣言」を朗読し、1分間の黙とうをささげた。
河北新報2018/8/16宮城
旧満州(中国東北部)から引き揚げた戦争体験者らの講演会が十五日、長野市内で開かれ、壮絶な体験を約五十人が真剣な表情で聞いた。同市の市民団体「自分史を綴(つづ)り語り継ぐ会」が、戦争が二度と起こらないようつらい記憶を語り継いでいこうと、二〇〇八年に始めた。
中日新聞2018/8/16長野
同館は、戦争の歴史が身近にあることを知ってほしいとしている。落下増槽は太平洋戦争中、旧日本軍の軍用機に使われた。航続距離を延ばすための装備で、燃料を消費すると機体から切り離されたため、現存するのは珍しい。
信濃毎日新聞2018/8/16長野
多くは70歳以上だが、戦争の教訓と不戦の誓いを引き継ぎたいと願う戦争体験者の思いを受け止め、ひ孫世代の中高生も参列。新たな時代へ向けて平和への思いを確認した。「ニューギニアでは多くの人が飢餓で亡くなったとおじいちゃんに聞いて驚いた。
信濃毎日新聞2018/8/16長野
新潟県から観光のため家族5人で長野県内を訪れた猪野とも美さん(47)は、「子どもたちに戦争があったことを知ってもらいたい」とこの日、無言館を訪ねた。「(画学生たちの)果たせなかった思いを感じ、冥福と平和を祈った」と言葉を詰まらせていた。
信濃毎日新聞2018/8/16長野
護持会は米軍が作成した名簿などを基に遺族を捜しているが、判明しているのは580柱。参列者は正午の時報に合わせて黙とう。宮内会長は「(終戦から)73年たった今日も戦争と平和を巡る議論は熱を帯びているが、釜墓地の由来を決して忘れることはない」と追悼の言葉を述べた。
長崎新聞2018/8/16長崎