2018年8月16日(2) 辺野古、佐世保、宇都宮

2018年8月16日の77件のメディア記事などを観察しました。この日確認した報道では、世の中、オスプレイ、辺野古、宇都宮、ちょう、先送り、佐世保、ピアノ、駆け引き、シンドバッド、きょう、次世代、申し入れ、バンド、赤とんぼ、などの文字が目に止まりました。77の記事へのリンクを参考までに書いておきます。(全77件のうち、2ページ目27件)
ミサイル迎撃システムを備えた海上自衛隊のイージス艦ちょうかい(富松智洋艦長)の一般公開が15日、長崎港の出島岸壁(長崎市常盤町)で始まった。公開は16日午後4時まで。ちょうかいは全長161メートル、排水量は7250トンで、4隻ある弾道ミサイル防衛システムを搭載したイージス艦の一つ。
長崎新聞2018/8/16長崎
初めて参列した佐世保市潮見町の女性(56)は「世界中に戦争で亡くなった方がいる。いまだに戦争はなくなっていないので、今日は平和のために祈りたい」と話した。◇◇■ナガサキの集い「平和を訴え続ける」長崎市平野町の長崎原爆資料館の近くにある「核廃絶人類不戦の碑」の前で15日、「ナガサキ不戦の集い」があった。
西日本新聞2018/8/16長崎
被爆者で、同会の森口正彦さん(79)はあいさつで「生きてよかったはずの人たちが、戦争で殺されたという仕組みや歴史的な経緯をすべての人が知るべきだ」などと訴えた。活水高1年の安元和愛(のあ)さん(15)ら同校平和学習部の3人が「73年前の記憶を風化させず、次の世代へと伝えていかなければならない。
長崎新聞2018/8/16長崎
「戦争は力にものをいわせて弱者を従わせること。その考え方は障害者などの弱者を切り捨てる社会につながる」。意見広告を呼び掛けた寄村(よりむら)仁子(とよこ)さん(75)=宇佐市=は訴える。
西日本新聞2018/8/16大分
米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが奄美空港と米軍嘉手納基地に相次いで緊急着陸した。詳しい状況は明らかにされていないが、嘉手納飛行場では緊急車両が出動する事態になった。オスプレイは県内外でトラブルが絶えず、かねて欠陥が指摘されてきた。
琉球新報2018/8/16沖縄
平安時代以来の男性用のかぶり物「烏帽子(えぼし)」の形状からとった通称だが、実は昔は岩の先端部分がもっと長く伸びていた▼そのとがった先端部分を吹っ飛ばしたのは米軍だ。日本海軍の演習場だったこの海岸は敗戦後、米軍が接収し「チガサキビーチ」と呼んだ。
琉球新報2018/8/16沖縄
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、埋め立て予定地に存在が指摘されている活断層が2万年前かそれより新しい時期に動いたもので、今後動く可能性が高い断層であることが分かった。東北大講師の遅沢壮一氏が実施した調査により、2万年前かそれより新しい時期に繰り返し活動した「極めて危険な活断層」と判断された。
琉球新報2018/8/16沖縄
【東京】菅義偉官房長官は15日の記者会見で、米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古の新基地建設を巡り、政府が埋め立て土砂の投入を延期する方針を県に伝えたとの報道に関し、「現時点において具体的に決まっているものはない」と述べた。
琉球新報2018/8/16沖縄
米軍普天間飛行場の移設による沖縄県名護市辺野古の埋め立てを巡り、政府が当初17日に予定していた辺野古海域への土砂投入を先送りすることを検討すると県に伝えたことを受け、県による埋め立て承認の撤回は17日より後になる公算が大きくなっている。
琉球新報2018/8/16沖縄
【辺野古問題取材班】米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設で、オール沖縄会議現地闘争部は16日、辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で建設阻止の集中行動を始めた。18日まで続ける。16日午前中は約200人の市民らが集まり、新基地建設反対を訴えた。
琉球新報2018/8/16沖縄
沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前で16日午前、新基地建設の阻止に向けた集中行動が始まった。小雨の中、県内外から市民約130人が集い、新基地建設反対を訴えた。午後1時までにゲート前での工事車両の搬入はなく、海上工事も確認されていない。
沖縄タイムス2018/8/16沖縄
73回目の「終戦の日」を迎えた15日、戦争犠牲者の追悼行事が大阪市中央区大阪城の大阪国際平和センター(ピースおおさか)で行われた。戦争体験者や遺族、若者など幅広い世代の市民ら約220人が献花に参加し、犠牲者の冥福と恒久平和の実現を祈った。
大阪日日新聞2018/8/16大阪
民間の大型船の船長などを務めた父を戦争で亡くし、母から代替わりで遺族会の世話を続けている。戦後73年となり遺族会を取り巻く環境も大きく変わりつつある中、「絶やしてはならない」の強い意志で活動する。香川さんの実家はもともと阿倍野区にあったが、父の仕事の関係で開戦前に両親の郷里高松市に転居。
大阪日日新聞2018/8/16大阪
終戦記念日の15日、太平洋戦争末期に特攻隊員2人が鹿児島県・知覧の特攻基地へ向かう直前に弾いたとされるドイツ・フッペル社のピアノを使う演奏会「第12回フッペルが奏でる平和への願い」が鳥栖市本鳥栖町のサンメッセ鳥栖であり、120人が来場した。
西日本新聞2018/8/16佐賀
子どもたちは戦争の犠牲者を悼み、平和が続くよう願った。同会議はボーイスカウト佐賀1団など4団で構成し、1991年に湾岸戦争の終結を願って始まった平和の鐘を突く運動に、2007年から取り組んでいる。原爆の悲惨さを伝える紙芝居を見た後、1人ずつ鐘を響かせた。
佐賀新聞2018/8/16佐賀
戦争体験者が高齢化する中、後世に悲惨な戦争を語り継ぎ、戦後日本が築いてきた平和を維持することを誓った。太平洋戦争末期に音楽学校の生徒だった2人の特攻隊員が今生の別れに弾いたとされるドイツ・フッペル社製のピアノを演奏するコンサートが、鳥栖市のサンメッセ鳥栖であった。
佐賀新聞2018/8/16佐賀
共同通信の取材に「戦争とは、国が人々の人生を奪うこと」と、平和への思いを語った。森村さんは当時十二歳。十四日深夜、米軍機が次々に落とす焼夷弾で、熊谷市中心部にあった自宅も瞬く間に炎に包まれた。
東京新聞2018/8/16埼玉
同級生の林隆一郎君(11)も「戦争があったことを忘れないのが大事。同じことが起こると皆が分かっていれば戦争はやらないと思う」と続けた。戦争関連の映画上映や、戦争体験者による講演会などもあった。
中日新聞2018/8/16滋賀
戦後73年を迎えて戦争を直接知る人が少なくなる中、参列した遺族らが戦没者の冥福を祈り、恒久平和を願った。松江護国神社(松江市殿町)の記念祭には、戦没者遺族や自衛隊関係者ら29人が参列。祝詞や玉串をささげた後、天皇陛下が参列された東京都での全国戦没者追悼式に合わせて正午から1分間、黙とうした。
山陰中央新報2018/8/16島根
島根大(松江市)の教員や島根県の郷土史家ら6人が、戦争に関する県民の体験記の収集に乗り出した。これまで県内の戦争記録を整理した資料はないといい、2019年度末までに目録を作成。提供された図書を同大付属図書館などに収蔵する。
中国新聞2018/8/16島根
愚かな戦争が悔やまれる」と声を詰まらせた。父の遺骨を捜しにフィリピンへこれまで三回ほど行ったが、行方は分からないという。終戦してから七十三回目となる八月十五日は、平成最後の終戦の日でもある。
東京新聞2018/8/16栃木
同委員会会長の木村好文(きむらよしふみ)県議は「悲惨な戦争の記憶と尊い犠牲の上に、現在の平和が成り立っていることを、子々孫々まで伝えることが遺族の責務」と述べた。会場には県内各市町から72~92歳の遺族240人が参列。
下野新聞2018/8/16栃木
終戦の日の十五日、戦没者を弔い平和の誓いを新たにする式典や、戦争の悲惨さを知る催しが都内各地であった。都戦没者追悼式は文京区の文京シビックホールで開かれ、六百八十五人が参列。遺族を代表し、八王子市の松本美智子さん(85)は父が中国で戦死したことや、一面が火の海になった八王子空襲を振り返り「終戦から七十三年たち戦争を知らない世代が大半を占めるようになった。
東京新聞2018/8/16東京
 田林さんは平成最後の追悼式について「戦時を知る人間が減っているが、新しい元号になっても、戦争の悲惨さを子どもや孫に伝えていかないといけない」と話した。
北國新聞2018/8/16富山
戦争の悲惨さを遺族が胸に刻み、子どもたちに伝えていかなければいけない」と話した。県によると、県内の戦没者は三万七百六十二人。戦地で亡くなった軍人・軍属戦没者が二万四千九百七十四人、国外で亡くなった外地一般邦人死没者が三千四十三人、空襲などで命を落とした戦災死没者は二千七百四十五人となっている。
中日新聞2018/8/16富山
新庄北高3年の菅千晶さん(17)は「戦争を知らない私たちが平和の大切さを学ぶ貴重な機会になった。一人一人がそれぞれの違いを分かりあえる世界になってほしい」と話した。【山形】鎮魂の鐘鳴らす山形市では市役所前で「千年和鐘」の打鐘式が行われた。
山形新聞2018/8/16山形
陸上自衛隊むつみ演習場(萩市、阿武町)の地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」配備計画に反対する市民グループ「イージス・アショア配備計画の撤回を求める住民の会」は15日、防衛省による3回目の地元住民向けの説明会に関する申し入れ書を萩市に提出した。
山口新聞2018/8/16山口