2019年4月30日 パラオ、辺野古、上五島、たかはし

2019年4月30日の28件の記事を観察しました。にマスコミで報じられたニュースには、たかはし、タンディガタンディ、辺野古、天皇陛下、県知事、まなざし、引き揚げ、スイセン、原動力、気持ち、ゆかり、きょう、上五島、御朱印、ハンセン病、パラオ、子ども、といった文字が記事にありました。28個のコンテンツURLを記録しておきます。
30日に退位する天皇陛下は、皇后さまとともに自然災害の被災地や戦争の傷痕を残す地へ幾度も足を運び、苦境に立つ人々に寄り添われてきた。退位を機に、両陛下と接した中国地方の人々から感謝の言葉が相次ぐ。その人々の思いは、陛下が追い求めた「平成流」の象徴天皇像を浮かび上がらせる。
中国新聞2019/4/30広島
■戦争がない時代良かった「天皇陛下はどんな人?と聞かれると、困るんです」。小樽市の老舗呉服店「角磯(かどいそ)ハブタイ屋」の会長、角(かど)雄三さん(85)は苦笑いする。「私たちと同じ感覚を持っておられて、とても普通なんですから」1952年に小樽から学習院大に進学。
北海道新聞2019/4/30北海道
会津若松市の会津新選組記念館で五月三十一日まで、戊辰戦争終結百五十年記念「奥羽越諸藩の鉄砲と戊辰戦争の鉄砲展」が開かれている。戊辰戦争の勝敗を大きく左右した鉄砲に焦点を当てた。奥羽越諸藩で江戸中。
福島民報2019/4/30福島
戦争犠牲者を悼み「慰霊の旅」にも尽力された在位期間。戦地や被爆地からは敬意とともに「平和が続いてほしい」との願いがあふれた。「両陛下の存在が復興の原動力にもなりました」神戸市長田区の菅原市場近くで酒販店を営んでいた戸田一弘さん(81)が振り返る。
神戸新聞2019/4/30兵庫
戦争犠牲者を悼み「慰霊の旅」にも尽力された在位期間。戦地や被爆地からは敬意とともに「平和が続いてほしい」との願いがあふれた。「両陛下の存在が復興の原動力にもなりました」神戸市長田区の菅原市場近くで酒販店を営んでいた戸田一弘さん(81)が振り返る。
神戸新聞2019/4/30兵庫
温かい家庭を築くことができるのは、戦争がなく平和が続いた30年余りの恩恵とも言える。成ちゃんの将来について、優二さんは「名前に元号が入るわけだし、日本の文化を大切にしてほしい」と願う。朱里さんは「誰にでもやさしく、困った人に手を差し伸べてあげられる人に」と話したところで、下を向いて小声になった。
神戸新聞2019/4/30兵庫
戦争のない時代がさらに続き、心豊かに健康で暮らせますように」。
神戸新聞2019/4/30兵庫
太平洋戦争の犠牲者を慰霊する旅を続けてきた陛下と二度にわたり面会した茨城町の永井敬司さん(97)は、激戦地だったパラオ・ペリリュー島で戦争を経験した。「陛下は国民に近い存在であろうと努力されてきたと思う」。
東京新聞2019/4/30茨城
 戦没者のひ孫世代にあたる本村悠衣さん(11)=金沢市=は、両親や祖父母から戦争の体験談を聞いてきたといい「世界のみんなが仲良く暮らせる時代になってほしい」と新時代に期待を込めた。
北國新聞2019/4/30石川
平成は戦争がなく、身近に感じられる皇室になった」と話した。町政策課の西尾直樹さん(46)は「両陛下は町内を散策され、気さくに町民に声を掛けられた。写真展を通して平和な平成を振り返り、新たな令和の時代に思いを巡らせてもらえれば」と呼び掛けた。
東京新聞2019/4/30神奈川
「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」その姿は憲法の平和主義とも通じていた。現憲法で天皇の政治的関与が禁じられる中で、陛下は精いっぱい責務を全うされたと思う。
高知新聞2019/4/30高知
10代目となる勇さんは、高校卒業後、稔さんから「外の世界を知れ」と言われ、海上自衛隊に入隊したが、物づくりへの思いを断ち切れず2017年に退職。人吉に戻り、家業に入った。「祖父や父の技術を学びながら、今も修業の日々」と話す勇さんだが、若者らしく会員制交流サイト(SNS)を活用し、職人技や商品の情報発信に取り組んでおり、インスタグラムでは千人を超えるフォロワーがいるという。
西日本新聞2019/4/30熊本
現代史に詳しい作家の保阪正康さんは、平成時代の天皇のテーマは憲法上の象徴天皇像をつくりあげるのに加え、「昭和の戦争体験を引き継ぎ、悲惨な体験を繰り返さないこと」だったという。戦争体験の継承については、日本が陥った悲劇を統治権の総攬(そうらん)者だった父・昭和天皇の間近で見聞きした少年時代の体験が基になっていることは確かだろう。
京都新聞2019/4/30京都
平成の御代は戦争のない時代として歴史に刻まれることになると思いますが、平成に続く令和の時代が恒久の平和の時代となるよう、陛下のお姿やお言葉を胸に、責任ある行動でしっかりと取り組んでまいります。陛下は、皇居での御公務はもとより、皇后陛下とともに全国各地をくまなく御訪問され、広い御心と優しいまなざしで国民に接してこられました。
伊勢新聞2019/4/30三重
戦争で多くの国民が犠牲になり、悩んでいたようだ。もちろん私たちからは何も言えない。答えは出ていなかったと思う。
河北新報2019/4/30宮城
太平洋戦争の激戦地パラオからの引き揚げ者が切り開いた宮城県蔵王町北原尾地区。北原尾農事組合長の工藤静雄さん(77)は両陛下の2015年6月の訪問時、案内役を務めた。「長生きしていただきたい。
河北新報2019/4/30宮城
太平洋戦争中は空襲の下を逃げ回り、戦後は懸命に働き子どもたちを育て上げ、今は平穏な日々を過ごしている。あと1日で戦争がなかった平成が終わり、新しい「令和」の時代が幕を開ける。3年前に出会い友人となった2人は「これからも平和な時代が続いてほしい」と願っている。
長崎新聞2019/4/30長崎
中国の海洋進出など東アジアの安全保障情勢が激動した「平成」の時代。それは同時に、島国日本が国境海域の治安をどう守るかという難題も突き付けた。2001年には鹿児島県・奄美大島沖で海上保安庁が北朝鮮の不審船と銃撃戦を繰り広げる事件が発生。
長崎新聞2019/4/30長崎
10歳の時、戦争を体験した。古い墓を防空壕兼住まいとして、日中の米軍機の空襲を避けた。マラリアで友の命を奪われ、食糧難でひもじい思いをした苦い戦争体験から「災害はあったけど戦争がないだけ平成は良かった。
琉球新報2019/4/30沖縄
14年6月には、戦時中に米軍の魚雷で撃沈した学童疎開船「対馬丸」の犠牲者の慰霊で来県した。退位が決まった後の昨年3月には、国立沖縄戦没者墓苑で供花したほか、与那国町へ渡り、世界最大級のガ「ヨナグニサン」や与那国馬を視察、豊見城市の沖縄空手会館で空手の演武を観覧した。
沖縄タイムス2019/4/30沖縄
太平洋戦争末期の沖縄戦では「ひめゆり学徒隊」の半数以上が命を落とした。その悲劇を伝える「ひめゆり平和祈念資料館」(糸満市)の前館長島袋淑子さん(91)は「平成では戦争の兆しが一度もなく、ありがたかった。
沖縄タイムス2019/4/30沖縄
「身近な場所に、まだ戦争の跡が残っている」。そう実感したことが、平和ガイドを志す一つのきっかけになった。大手企業のシステムエンジニアとして働いていた2004年、県の平和祈念資料館ボランティア養成講座を受講し、他の修了生らと共に友の会を発足させた。
沖縄タイムス2019/4/30沖縄
全国の米軍専用施設面積の70・3%が集中する沖縄で負担軽減を実感できない状況が改めて浮き彫りになった。「経済的に厳しくなった」が13・4%で続き、「都市化が進み、自然が減った」が9・8%、「沖縄の独自性が薄れた」が7・1%、「治安が悪くなった」が2・9%だった。
沖縄タイムス2019/4/30沖縄
米軍基地の過重な負担を押し付ける構図は次の令和で断ち切るべきだ。平成に入って7年目。激動の今につながる起点として忘れてはならないのが1995年から96年にかけての出来事だろう。
琉球新報2019/4/30沖縄
「沖縄は米軍基地を受け入れるべきだ。賛否が割れているから駄目だ」「全国平均の倍の失業率は永遠に改善できるはずがない」「基地の代償として振興予算を引き出し続け、生活すればよい」「自立意識が弱すぎる」“上から目線”で繰り出すヤマトの学生の決め付け調の「沖縄論」に反論したが、こちらの論拠の乏しさと心に巣くっていた「劣等感」も災いして議論は全くかみ合わず、悔しさが募った。
琉球新報2019/4/30沖縄
米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を巡り、沖縄防衛局は29日までに、軟弱地盤へ対応するための地盤改良に向けた手続きを始めた。防衛局はホームページで、新基地建設の当初の設計に地盤改良工事を組み込む設計変更業務について入札の開始を26日付で公表した。
琉球新報2019/4/30沖縄
戦争体験者が少なくなっている今の時代に、平和についても歌っていきたい」と語った。
東京新聞2019/4/30埼玉
遺族の代表者らが献花や献茶、玉串を神前にささげたほか、神楽舞の奉奏もあり、戦争の犠牲となった親族や友人らの霊を慰めた。村岡嗣政知事や県選出の国会議員、県議らも参列した。同神社は、戊辰(ぼしん)戦争以降に国内外で起きた戦争や争乱などで亡くなった県出身者約5万3千人を祭っている。
山口新聞2019/4/30山口