2019年5月1日 沖縄海邦銀行、こどもの国、自衛隊

2019年5月1日の21件のメディア記事を分析しました。一通りチェックした感じでは、ゆかり、幕開け、子ども、天皇陛下、自衛隊、柔らか、せんべい、こどもの国、暮らし、あり方、初日の出、皇太子、沖縄海邦銀行、ドキュメント、などの語句をみつけることができました。21件の記事へのリンクをスクラップしました。
一橋大名誉教授の山内敏弘さん(憲法学)が「安倍9条改憲の目指す戦争への道−憲法9条は国民の希望・世界の宝」と題して記念講演する。資料代五百円。問い合わせは、県憲法会議事務局の千葉中央法律事務所=電043(225)4567=へ。
東京新聞2019/5/1千葉
三重県から訪れた林脩二郎さん(75)は「平成は日本では戦争はなく平和だったが、いつ何が起こるか分からない混沌(こんとん)とした時代だったと思う。日本列島そのものがさらに平和に暮らしやすい時代になってほしい」と願った。
北海道新聞2019/5/1北海道
1日午前2時45分ごろ、兵庫県姫路市峰南町、陸上自衛隊姫路駐屯地内にある木造平屋建ての宿泊施設が燃えた。敷地内を巡回中の男性隊員が発見し、姫路市消防局の消防車9台が出動して消火に当たった。同日午前5時10分ごろに鎮圧し、けが人や行方不明者の情報はないという。
神戸新聞2019/5/1兵庫
戦争で夫を亡くし、戦後の厳しい時代に必死で働いて一人娘を育てた。「平和な世の中で、改元の日に100歳を迎えさせてもらうなんて、幸せ者やなあ」と、巡り合わせに感謝している。(長谷部崇)1919(大正8)年5月1日、現在の朝来市和田山町で生まれた。
神戸新聞2019/5/1兵庫
友人と訪れた関西学院大4年の女子学生(22)=明石市=は「神秘的な景色で新時代を迎えることができた」と喜び、「留学先のカナダで移民の人と関わり、戦争のない社会が当たり前ではないことを実感した。令和の時代も争いのない日本であってほしい」と願った。
神戸新聞2019/5/1兵庫
「昭和は戦争があった。平成は普通やったかな。令和は『仲良しこよし』の時代になればいい」と語った。
神戸新聞2019/5/1兵庫
戦争もなく終わったから平和だった」と振り返り、次の令和が「いい年でありますように」と願った。川崎市麻生区の会社員岡本賢治さん(67)は「昭和は高度成長。それに比べると平成は目新しいものもなく、落ち着いた時代だった」と話し、小学校に入学したばかりの孫娘を見ながら「次は孫たちの時代」と口にした。
東京新聞2019/5/1神奈川
京都市から家族旅行で訪れた中村康夫さん(73)は、平成を「戦争はなく平和だったが、災害に苦しむ時代だった」と振り返った。新しい時代に「災害から得た教訓を生かして安全な時代になれば」と期待を込めた。■熊本城内2017年に熊本城内にある加藤神社(熊本市)で結婚式を挙げた市内の新福瑠大さん(31)と妻美奈子さん(31)は、安産祈願で神社を再訪した。
西日本新聞2019/5/1熊本
母親と訪れた小学5年の男児(10)=さいたま市=は「学校で地元の人に戦争について聞いたので、令和は平和な時代になるといい」と話した。東山区の漢字ミュージアムでは同日昼、菅義偉官房長官になりきって記念撮影できる特設コーナーに列ができた。
京都新聞2019/5/1京都
九条せんべいは瓦せんべい5枚に、戦争放棄をうたった9条の条文を焼き付けた。昔ながらの手焼きで、甘い風味が特徴だ。瀬川さんの父の焼き判を使っていた青葉区宮町3丁目の老舗せんべい店「小萩堂」に製造を依頼し、2001年に発売された。
河北新報2019/5/1宮城
希望のバトンは、戦争を体験していない若い世代に託された。被爆者や戦争体験者の願いを高校生らが世界に向けて語っている。長崎は新時代も平和の灯をともし続ける。
長崎新聞2019/5/1長崎
戦争の悲惨さを物語る写真や遺品を見て涙を流す女性も。被爆地ナガサキで感じた思いは-。神奈川県大和市の会社員庄司まなみさん(23)は観光のため来県し、初めて原爆資料館に足を運んだ。
西日本新聞2019/5/1長崎
当時は品不足ですぐに売り切れてしまう状態で、米軍布令によって設立された琉球銀行だけでは資金需要を満たしきれなかったという。「沖縄海邦銀行55年史」(2006年刊)によると、民間では月の金利が10%の「大1割」という高利も現れていたほどで、無尽を望む声が強かった。
琉球新報2019/5/1沖縄
国際社会を見ると、紛争やテロは頻発し、2016年末時点で6500万人以上が戦争や暴力、迫害で家や土地を失っている。経済格差は急速に拡大し、世界で最も裕福な8人と世界の半分の人口の資産額がほぼ同じだ。栄養失調の人は15年から増加に転じ、17年には8億2100万人いるという。
琉球新報2019/5/1沖縄
最近の童謡集には載っていないので、忘れられた歌と言っていい▼この歌がラジオから流れた頃に生まれ育った子どもたちを待ち受けていたのは戦争だった。時代は「大きなのぞみ明るい心」を押しつぶす方向へと向かった。
琉球新報2019/5/1沖縄
沖縄戦で住民が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれたチビチリガマ(読谷村)の調査に携わってきた知花昌一さん(71)は、平成の天皇陛下に対して「昭和天皇の子として、制度としての天皇制を引き継いだ責任として、戦争責任を自覚していたと思う。
琉球新報2019/5/1沖縄
天皇の在位で区切る元号に対して、沖縄戦の体験や米軍基地問題などを背景に複雑な思いを抱く人は少なくない。元号と戦争、平和を結び付けて考える県民もいる。沖縄にとっての「平成」を振り返るとともに、「令和」の時代に目指す沖縄の将来像について、出版、音楽、沖縄戦の継承の分野で活動する人たちに聞いた。
琉球新報2019/5/1沖縄
米軍のメイモスカラー射撃場が1981年に返還後、行政と民間が一体となった同地区の開発構想が打ち出されたのは94年のこと。米国西海岸のサンディエゴを思い描いた街づくりは、現在も進行中だ。午後2時ごろ、家族で訪れた小波津るいさん(33)=沖縄市=は「平成最後におしゃれな服を買いに来た」と声を弾ませた。
琉球新報2019/5/1沖縄
「平成」は戦争のないまま幕を下ろしたものの、多くの自然災害に見舞われた30年でもあった。新陛下は皇太子時代から埼玉県内各地を訪問し、県民と交流されている。「災いもなく戦争のない平和な時代がいつまでも続いてほしい」。
埼玉新聞2019/5/1埼玉
「平成は戦争のない時代だった。令和でも続いてほしい」と願う。いつも通り仕事をする人もいる。
下野新聞2019/5/1栃木
元兵士や空襲の経験者たちが戦争を知らない世代と語り合う茶話会「語らずに死ねるか!」が四、五日、大井町駅前(品川区)の複合文化施設「きゅりあん」で開かれる。元日本兵ら戦争体験者の証言を映像で残す活動をしている市民団体「戦場体験放映保存の会」(北区)が主催。
東京新聞2019/5/1東京