2019年8月14日 アルキメデス、加古川、普天間、小値賀、太平洋戦争、ハンセン

2019年8月14日の47件の新聞記事などを収集しました。新聞各社の報道では、太平洋戦争、パネル、はがき、区役所、教職員、ため池、シンポ、イベント、関わり、理不尽、ハンセン、ジェット機、引き揚げ、金曜日、研究所、テレビ、お参り、小値賀、核兵器、デシベル、普天間、図書館、送り主、オスプレイ、お迎え、アルキメデス、加古川、おもちゃ、という熟語などが使われていました。47個のコンテンツURLを記録しました。
忠霊塔は一九五五(昭和三十)年十二月、勝浦町(当時)が、日清・日露〜太平洋戦争の戦没者を慰霊するため建立。材質は花こう岩で、塔の高さは約七メートル。「忠霊塔」と記された碑文は、鳩山一郎首相(当時)の揮毫(きごう)だ。
東京新聞2019/8/14千葉
終戦の二日前、山武市の旧国鉄成東駅で米軍の空襲を受けた貨車が爆発し、亡くなった犠牲者らを追悼する献花式が十三日、JR成東駅の慰霊碑前であった。JR東日本関係者や松下浩明市長ら約二十人が出席した。JR東日本によると、一九四五年八月十三日午前、駅に停車していた高射砲や弾薬を積んだ貨車が米軍機に攻撃され、火災が発生した。
東京新聞2019/8/14千葉
昇さんによると、店は戦争で夫を亡くした母ゆとさん(故人)が、名古屋の闇市で仕入れた食べ物を売ったのが始まりだった。昇さんは中学を出ると同時に店を手伝い、一九五八(昭和三十三)年に起きたフラフープの爆発的なブームも経験した。
中日新聞2019/8/14岐阜
市内の合唱団に所属する野村さんは15日の終戦の日を前に「少女時代に戦争を美化した軍歌を勇ましく歌った。二度と音楽を戦争の道具にする時代にしてはいけない」と訴える。野村さんは敷香にあった市川蓄音器店の次女として生まれた。
北海道新聞2019/8/14北海道
太平洋戦争末期に兵庫県三木市と加古川市、同県稲美町にまたがって造られた「三木飛行場」を、米軍艦船を攻撃する本拠地とする計画があったことが、旧陸軍省を戦後改組した第1復員局の書誌「本土航空作戦記録」で分かった。
神戸新聞2019/8/14兵庫
戦争中、小学生のとめ子さんが戦地の兵隊に送った手紙の返事という。はがきを送り主の親族に返したいという源一郎さん。心当たりのある方はいませんか?(山脇未菜美)軍事郵便は8月上旬、源一郎さんが父から受け継いだ江戸時代のたんすを整理していて見つけたという。
神戸新聞2019/8/14兵庫
終戦直前の1945(昭和20)年7月30日、米軍の戦闘機が放った銃弾の跡だと地域に伝わる。戦後生まれの水足町内会の橘一郎会長(72)は「近くにあった旧陸軍の施設を狙った攻撃で、住宅地にも流れ弾が飛んできたようだ」と話す。
神戸新聞2019/8/14兵庫
戦争で一時中断した後、復活してまた途絶えたが、1985年ごろからは毎年、住民らが踊っているという。保存会は住民らで2004年に結成し、現在は約10人が所属する。三味線や太鼓、唄、はやしを担う。
神戸新聞2019/8/14兵庫
その後、戦争は国連憲章で原則禁じられた。戦争の違法化は、私たち人間のささやかな進歩の証しかもしれない。なのに、国連決議や対テロなどを理由に戦争はなくならない。
神戸新聞2019/8/14兵庫
人が多くて押し合いへし合いやった」■戦争を知らない若者たちへ浮田さんは闇市を経て、洋服店で働きながら洋裁や和裁を学び、70年に商店街の一角にある自宅で呉服店を構えた。半世紀たった今も、4畳半の仕事場で毎日、針作業にいそしむ。
神戸新聞2019/8/14兵庫
加古川市の東播磨生活創造センター「かこむ」で「加印平和のための戦争展」のオープニングセレモニーなどが予定されていたが、同センターが同日午後0時半で閉館することを決めたため、中止になった。16日は予定通り講演や映画上映がある。
神戸新聞2019/8/14兵庫
ブリキのサーベルや木製の戦車などを集めた夏の特別陳列「太平洋戦争とおもちゃ」が、兵庫県姫路市香寺町中仁野の日本玩具博物館で行われている。日本中が戦争へと突き進んでいった昭和10年代、柔らかな子どもたちの心に軍国主義が植え付けられていった過程が見てとれる。
神戸新聞2019/8/14兵庫
原因は戦争。そう伝えていきたい」と話す。(中川恵)「おふくろが『飛行機が落ちたんよ』と言いながら走ってきた」。
神戸新聞2019/8/14兵庫
戦争で空襲を受けた神戸の市街地では、1945(昭和20)年9月からGHQの進駐が始まった。展示では、当時の状況を「闇市」や「キャンプ」「KOBEBASE(神戸基地)」など12のキーワードで解説。市外への買い出しや進駐軍の物資を運ぶアルバイトの様子など、市民8人から聞き取った内容も紹介している。
神戸新聞2019/8/14兵庫
太平洋戦争で撃沈された、当時世界最大級の戦艦大和の金属模型が、笠間市の筑波海軍航空隊記念館に展示されている。全長106センチ。細部まで精巧に再現された模型は6年もの歳月をかけて同市、不動産業、青柳智宏(としひろ)さん(63)が作った。
茨城新聞2019/8/14茨城
広島原爆直後に米軍が撮った県産業奨励館(現在の原爆ドーム)周辺の写真や、長崎原爆の爆心地から約一キロ離れた浦上駅のプラットホームに倒れて亡くなっていた母子の写真など、核兵器による被害を写真や絵などで伝えるパネル約五十枚が並ぶ。
東京新聞2019/8/14神奈川
神奈川県大和市内の愛好者らからなる市民劇団「演劇やまと塾」が、同市に隣接する高座海軍工廠(しょう)(座間市)で太平洋戦争末期に働き、苦労して生き抜いた台湾少年工を取り上げた創作劇「あの夏の日~元台。
神奈川新聞2019/8/14神奈川
戦争の記憶と平和への願いを込めた絵画や書、工芸作品など82点が並ぶ。18日まで。実行委主催。
熊本日日新聞2019/8/14熊本
処分された記録の中には、ミサイル基地建設を巡り一審札幌地裁で自衛隊に違憲判決が出た長沼ナイキ訴訟や、沖縄の米軍用地の強制使用を巡る代理署名訴訟など歴史的な裁判も含まれる。判決文など結論文書はおおむね残されていたが、審理過程の文書が失われており、裁判所が当事者の訴えをどう受け止め、どう結論を導いたのか、後世の検証ができなくなっている。
京都新聞2019/8/14京都
太平洋戦争前の戦艦大和の建造をめぐる物語で、舞鶴市内では同パークをはじめ、北吸の旧北吸浄水場配水池、大波下の日本板硝子舞鶴事業所社宅の3カ所がロケ地として使われ、昨夏に撮影が行われた。パネル展では、映画のあらすじや、登場人物の紹介のほか、市内のロケ地を示した地図もある。
京都新聞2019/8/14京都
会員ら6人が、本土決戦に備えて同研究所が住民部隊をつくろうとしたことや米軍の爆撃目標にされていたことを紹介、伊那谷が戦場になった可能性があったとした。同研究所は川崎市などで諜報や謀略で使う兵器や資材を開発。
信濃毎日新聞2019/8/14長野
米軍機は操縦士の顔が分かるほどの低空飛行だったといい、兵士の遺体が運ばれる時は「トラックが見えなくなるまで手を合わせた」。これまで、家族ら親しい人にも体験を話す機会がなかったとも語った。集いは市民団体が毎年開催。
信濃毎日新聞2019/8/14長野
作品では、「戦争で自分があやめた命以上の命を育てることが償いじゃないか」と考えた原田さんが戦後、幼児教育に力を注ぎ、晩年は自身の体験を通して平和や命の尊さを語り続けた姿が描かれる。同映画館での公開は四回目。
中日新聞2019/8/14長野
太平洋戦争が終わろうとしていた1945年8月14日。五島列島北部の小さな島で、日本軍と米軍が交戦したことは、あまり知られていない。小値賀島の唐見崎地区。
長崎新聞2019/8/14長崎
12日午後1時、米軍キャンプ・ハンセン内の恩納村側にある射撃場レンジ9付近で山火事が発生した。米軍の実弾射撃訓練によるもので、地上からの消火活動で発生から約19時間後に鎮火した。今年に入って発生した在沖米軍施設内の山火事は8件目、レンジ9では1件目。
琉球新報2019/8/14沖縄
会場で孫の姿を見守っていた祖母の石川光枝さん(81)は宮森小学校米軍ジェット機墜落事故を経験したが、笑顔の裏で心に秘め続けてきた。そんな祖母と孫の平和を願う思いが、集会の場で一つに重なった。石川さんは宮森小の事故当時、学校近くの銀行に勤めていた。
琉球新報2019/8/14沖縄
【宜野湾】沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落から15年となる13日は旧盆のウンケーでもあったが、米軍普天間飛行場は朝から戦闘機やヘリの離着陸が繰り返された。宜野湾市の基地被害110番には午後3時すぎまでに市民から「大切な日なので静かにして」「うるさい。
琉球新報2019/8/14沖縄
【宜野湾】沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事故の記憶を風化させまいと13日、事故の象徴であるモニュメントを囲み開かれた平和集会。大学関係者を中心に多くが見守る中、登壇者らは“世界一危険な飛行場”の閉鎖を訴え、安全な生活の実現に向け決意を新たにした。
琉球新報2019/8/14沖縄
2017年に沖縄県東村高江で発生した米軍ヘリ不時着・炎上事故で、米軍が現場から持ち去って浦添市の牧港補給地区(キャンプ・キンザー)に運び込んでいた土壌の一部が、既に県外で処分されていたことが13日までに分かった。
琉球新報2019/8/14沖縄
県内消防で米軍機事故への対応がいまだ整っていないことが本紙の調査で判明した。県内全18消防局・本部のうち7本部に放射線災害に対応できる防護服がない。うち1本部には放射線測定機器すら備えられていない。
琉球新報2019/8/14沖縄
15年前の8月13日に起きた沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落事故では、米軍が大学構内を含む民間地を一方的に封鎖した。日本側の警察、消防のほか、宜野湾市長も、副知事も立ち入りを許されない「日本の主権が侵害された空間」が突然生じたのだ。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事故の現場を撮影した写真などを展示した「私の見た壁~1000の記憶」(同実行委員会主催)が13日から那覇市パレットくもじ6階の那覇市民ギャラリーで始まった。18日まで。事故当時、学生や地域住民、通りかかった人が撮影した墜落現場の写真や状況を伝える新聞記事、関連資料を展示している。
琉球新報2019/8/14沖縄
米軍ヘリの墜落から15年の節目に開かれた沖縄国際大学の集会。参加者は記憶の継承を誓い、米軍普天間飛行場の軍用機の飛行停止などを訴えた。大学側は事故を知る教職員へのインタビュー映像の公開や学生アンケートなど新たな試みにも挑戦。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した事故から15年目となる13日、「私の見た壁~1000の記憶~」写真展(主催・同実行委員会)が那覇市民ギャラリーで始まった。18日まで。入場無料。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
15年前の8月13日に起きた沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落事故では、米軍が大学構内を含む民間地を一方的に封鎖した。日本側の警察、消防のほか、宜野湾市長も、副知事も立ち入りを許されない「日本の主権が侵害された空間」が突然生じたのだ。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故から15年目で、旧盆初日のウンケーを迎えた13日、米軍普天間飛行場では外来機のFA18戦闘機などが頻繁に離着陸を繰り返した。沖縄県と宜野湾市による騒音調査では上大謝名公民館で最大112・9デシベルを測定し、同市に10件の苦情が寄せられた。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学構内に米軍普天間飛行場所属のCH53D大型輸送ヘリが墜落・炎上してから13日で15年を迎えた。大学側は焦げたアカギのモニュメントを囲む学内の「ポケットパーク」で集会を開き、日米両政府に対し、米軍普天間飛行場を離着陸する米軍機の飛行停止と同飛行場の即時閉鎖・撤去を求めた。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
契約4社のうち3社は防衛省OBが再就職した企業となっている。基本設計は日本工営・日本港湾コンサルタント共同体が4億6805万円(落札率99・92%)、環境影響検討はいであ・沖縄環境保全研究所共同体が6710万円(同99・04%)で契約。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
沖縄県の米軍嘉手納基地向かいにある「道の駅かでな」で2日夕方、「ミュージックアンドビアナイト」が始まった。特設ステージではミュージシャンによる演奏もあり、集まった地元客らは夜風に吹かれながら冷えたビールや温かい食事を楽しんだ。
沖縄タイムス2019/8/14沖縄
戦後74年の歳月が経過し、戦争を直接知る年代が減りつつあるという現実が迫る。戦争の風化が懸念される一方、恒久平和を願い自身の体験を後世に伝えようと願う人々が多いのも事実だ。各地ですさまじい空襲を体験した人々の思いを紹介して、新たな時代につなぐ。
大阪日日新聞2019/8/14大阪
日本の平和憲法はその要請に応える新たな安全保障の核になる」と憲法九条の重要性を説き、「アメリカが日本にならい、いち早く平和憲法を導入すべきだ」とも話した。地球温暖化の危機と憲法九条の役割を説く学者はいない。
大阪日日新聞2019/8/14大阪
戦争当時、伊万里商業学校の生徒で、学徒動員先の長崎で被爆した。その平山さんを支えてきた智美さんは小学5年生の時、兵庫・西宮の大空襲で自宅を焼かれ、母親とともに唐津の伯母の元に逃れてきた。空襲は8月6日未明。
佐賀新聞2019/8/14佐賀
太平洋戦争中、「特別年少兵」と呼ばれた最年少の志願兵がいた。上尾市の黒川忠(ただし)さん(90)もその1人だ。年少兵となったのは、自分のひ孫と1歳違いの14歳の時。
東京新聞2019/8/14埼玉
ひどい時代を繰り返してはいけない」と戦争の悲惨さを訴える。大津市枝3丁目の田中もとさん。農家だった夫の為三郎さんは1938年に結婚して間もなく日中戦争に出征し、翌年に帰還。
京都新聞2019/8/14滋賀
終戦の日を前に、浜松市南区のNPO法人フリースクール空(西村美佳孝理事長)は12日、地元の楊子町シニアクラブ会員から戦争体験談を聞く会を同スクールで開いた。空襲や強制労働などで多くの友を亡くした語り部たちは「二度と戦争を起こしてはならない」と言葉に力を込めた。
静岡新聞2019/8/14静岡
米軍横田基地(東京都福生市など)に配備されている垂直離着陸輸送機CV22オスプレイが、離陸時や周辺の住宅地上空を飛行中、機体後部のデッキを開け、機関銃の銃口を下に向けているケースが頻繁に起きている。地元の市民団体が確認した。
東京新聞2019/8/14東京
「平和のための戦争展」が12日、米子市文化ホールで開かれた。従軍カメラマンの村瀬守保さんが撮影した戦地の写真や戦時中の生活用品の展示をはじめ、映画の上映やすいとんの試食などがあり、来場者が平和の尊さを実感した。
日本海新聞2019/8/14鳥取