2019年8月16日(2) 宇都宮、早乙女、普天間、長崎大、武蔵野、呉服元、カウラ、嘉手納

2019年8月16日の91件の報道を解析しました。ザッピングしたところ、コブラ、手向け、最年少、ファイル、グラム、逃避行、高校生、武蔵野、カウラ、離着陸、靖国神社、早乙女、宇都宮、嘉手納、きょう、気持ち、ナガサキ、安らか、人間像、長崎大、イベント、日本人、苦しみ、パネル、市役所、大河ドラマ、普天間、デシベル、呉服元、プラタナス、次世代、といったフレーズが見出しに使われていました。91件の記事へのリンクをスクラップしておきますね。(全91件のうち、2ページ目41件)
戦争経験者が減り、記憶の継承が課題となる中、県民は「令和の時代も悲惨な。
宮崎日日新聞2019/8/16宮崎
戦争体験者らから託された平和への願いを次世代に伝えようと、鐘を響かせた。「今日の平和は失われた命の犠牲の上に成り立っている」。15日、西敬寺近くの長命寺本堂に木売さんの声が響いた。
信濃毎日新聞2019/8/16長野
広島や長崎の原爆の写真や沖縄戦の被害を伝えるパネルを展示する「戦争と平和展in安曇野」が十四、十五日、安曇野市役所本庁舎であり、市民ら二百五十人が訪れて平和を再認識した。市民グループ「平和憲法を活(い)かす安曇野の会」が毎年八月に開催している恒例の展示で二十回目。
中日新聞2019/8/16長野
太平洋戦争中の一九四四年八月、オーストラリア南東部カウラの収容所から日本人捕虜が集団脱走を図った。その「カウラ事件」を研究する作家がいる。飯山市の山田真美さん(59)だ。
中日新聞2019/8/16長野
太平洋戦争中、旧満州(現中国東北部)に岡谷市出身者らが暮らした満蒙(まんもう)開拓団集落「岡谷郷」があった。1943(昭和18)年春から入植を始めたが、旧ソ連軍参戦後の逃避行や収容所生活の中、飢えや寒さなどで60人余りが命を落とした。
中日新聞2019/8/16長野
長崎原爆被災者協議会(長崎被災協)の田中重光会長(78)は憲法改正の動きに触れ「平和な世界になっていくのか、戦争ができる国になるのかのつばぜり合いの時代であることを忘れてはいけない」とあいさつ。参列した被爆者や高校生ら約20人が黙とうし献花した。
長崎新聞2019/8/16長崎
長崎県出身の戦没者を悼む「戦没者追悼集会」が15日、長崎市城栄町の県護国神社であり、参列者は戦争のない平和な時代を守っていくことを誓った。「英霊にこたえる会県本部」と「日本会議長崎」(いずれも理事長・池田剛康諏訪神社宮司)が、英霊を顕彰し、首相の靖国神社参拝などを求めて毎年開いている。
長崎新聞2019/8/16長崎
水落氏は「令和の時代も戦争のない平和な社会になるよう、みんなで努力していかなければならない」と強調。310万人もの尊い命の犠牲の下に今日の平和と繁栄があるとして「新たな時代にも語り継いでいかなくてはならない」と語った。
新潟日報2019/8/16新潟
15日午後4時48分ごろ、那覇市の漫湖付近上空を飛行していた陸上自衛隊のUH60ヘリから、重さ150グラムのプラスチック製A4ファイルが落下した。陸自によると、けが人などの被害は確認されていないという。
琉球新報2019/8/16沖縄
【うるま】米連邦航空局は15日、米軍が16日午後7~10時に沖縄県うるま市の津堅島訓練場水域でパラシュート降下訓練を実施するとの航空情報(ノータム)を発表した。同水域での訓練は今年既に6度実施されている。
琉球新報2019/8/16沖縄
塔には戦争で亡くなった同校の教師や生徒ら500人余が刻銘されている。1942年に41期生として入学した清さんは「とても頭が良く、家族の誇りだった」と徹さん。だが、米軍の本島上陸直前の45年3月26日に鉄血勤皇隊の陸軍2等兵として駆り出され、その2日後、比謝川近くで米軍の機銃掃射に遭い死亡した。
沖縄タイムス2019/8/16沖縄
戦後の沖縄で米軍の圧政に立ち向かった政治家、故瀬長亀次郎さんを描いた続編映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男カメジロー不屈の生涯」が17日から那覇市の桜坂劇場で上映される。佐古忠彦監督が15日、沖縄タイムス社を訪れ「人間・亀次郎さんの生前の姿を通して、沖縄の人の気持ちや歴史を感じてほしい」と鑑賞を呼び掛けた。
沖縄タイムス2019/8/16沖縄
沖縄の米軍嘉手納基地に15日午後2時35分ごろ、米ネブラスカ州オファット空軍基地所属の情報収集機RC135S(通称コブラボール)が新たに1機飛来した。同機はミサイルの弾道を追尾・観測する能力がある。ミサイル発射が相次ぐ北朝鮮の警戒任務に当たっているとみられる米軍機は同日午後5時現在、計5機となった。
沖縄タイムス2019/8/16沖縄
...米軍普天間飛行場に飛来している岩国基地(山口県)所属のステルス戦闘機F35Bが旧盆中日の14日も離着陸を繰り返した。県と市の騒音測定で午後1時18分、上大謝名公民館で最大116・7デシベルの騒音を発生させた。琉球大学の渡嘉敷健准教授(環境・音響工学)の騒音測定では、F35が飛来した11日、普天間第二...
琉球新報2019/8/16沖縄
大阪市天王寺区の出版社、新風書房(福山琢磨代表)が人々の戦争体験をまとめた証言集「孫たちへの証言」第32集(1620円)を発刊した。1988(昭和63)年から毎年夏に発刊し続けており、令和最初となる第32集は「文字化することで体験や伝承は生き続ける」をテーマに公募。
大阪日日新聞2019/8/16大阪
中央区の大阪国際平和センター「ピースおおさか」は終日閉館とし、午後から予定されていた戦争犠牲者の追悼式と相愛学園の生徒らによる平和コンサートを中止にした。鶴見区の鶴見緑地内の各施設、東住吉区の長居植物園、中央区の大阪城天守閣、天王寺区の天王寺動物園はいずれも閉館。
大阪日日新聞2019/8/16大阪
台風10号が佐賀県内に接近する中、戦没者を悼み令和の時代こそ戦争がなくなるよう祈りをささげた。鐘を鳴らす運動は1991年、湾岸戦争の終結を願い始まった。2007年から、県内のボーイ・ガールスカウトでつくる「佐賀市スカウト運動推進連絡会議」も加わっている。
佐賀新聞2019/8/16佐賀
神社にまつられている幕末維新期の戊辰戦争からの県内戦没者は約3万5600柱で、このうち太平洋戦争の戦没者は約3万2千柱に上る。德久宮司は式典の中で「終戦74年を迎え、昭和という時代が遠くなり、英霊たちを忘れつつあるのを悲しく思う」と慰霊の言葉を述べた。
佐賀新聞2019/8/16佐賀
戦争被爆国でありながら条約に参加していない日本政府の姿勢に疑問を呈し、「『核による抑止』は神話にすぎない」と指摘した。被爆者の声が核兵器の使用を押しとどめてきたと捉え、「禁止条約はゴールではなく、それを使って世界を変える大きな力にしていく覚悟や姿勢が問われてくる」と述べた。
佐賀新聞2019/8/16佐賀
74回目の終戦の日を迎えた15日、県内でも太平洋戦争の戦没者を追悼する催しがあり、遺族たちは平和への誓いを新たにした。
西日本新聞2019/8/16佐賀
記者も同行し、かつて「軍都」と呼ばれ、今も米軍や自衛隊関係の施設が多い埼玉の歴史的な背景を改めて心に刻んだ。(加藤木信夫)まず向かったのは、新座市と東京都清瀬市にまたがる米軍大和田通信所。かつての旧日本海軍大和田無線通信所跡だ。
東京新聞2019/8/16埼玉
小学校低学年の時に曽祖父が戦死したのを初めて聞かされた際には「あまり深く考えなかった」というが、高学年になると「戦争は怖いと思った。平和に暮らしていたのに、それが急に崩れてなくなってしまう」と受け止めるように。
中日新聞2019/8/16滋賀
長浜北高一年の冨岡歩翔(あゆと)さん(16)は「戦争はニュースなどでしか知らないので身近ではないけれど、怖いのは分かる。世界から戦争がなくなり、平和が続くよう祈って鐘を突きました」と話した。同協会の片山勝会長(67)は「台風10号が来る前にできて良かった。
中日新聞2019/8/16滋賀
市民に勇気を与えた復興のシンボルのエピソードに触れ、戦争の惨劇を二度と繰り返さないよう次世代に語り継いでいこうと始まり、ことしで28回目を迎えた。同市の青少年でつくる合唱団「ジュニアクワイア浜松」やサクソフォン・リコーダー奏者の長瀬正典さん(同市出身)が、平和への祈りを込めた合唱や演奏を披露した。
静岡新聞2019/8/16静岡
遺族らの証言に加えて爆弾投下の経緯にも迫り、若い世代が戦争の記憶や悲惨さを伝えることの重要性を訴えた。1945年7月26日に同市扇町に投下された、長崎型原爆の模擬爆弾(通称・パンプキン爆弾)がテーマ。同町の住民や研究者らを取材したほか、「なぜ島田の市街地に爆弾が落とされたか」という疑問から、米軍関連の資料で分かった爆弾投下に至るまでの経緯も盛り込み、29分の作品に仕上げた。
静岡新聞2019/8/16静岡
市の小中学生派遣団として広島平和記念式典に参加した豊田中三年の寺田樹生さんが「戦争は非人道的だと感じた。学んだことを学校や地域に伝え、まず自分の周りから平和について考えたい」と平和への思いを語った。市内のお年寄りの戦争体験談や城山中合唱部による合唱のほか、戦時中の磐田の様子を紹介するパネル展、戦没者遺族らが折った千羽鶴の展示などもあった。
中日新聞2019/8/16静岡
戦争を直接知る世代が少なくなり戦争の記憶が薄れつつある中、改憲論議を推進する動きが強まっている。「戦争のない平和な暮らしができる日本にしてほしい」。遺族らは口をそろえ、子や孫、その先の世代まで永遠に平和が続くことを強く願った。
下野新聞2019/8/16栃木
1997年、地元の市立石塚小学校校長から「貴重な戦争体験を子どもに話してほしい」と依頼されたことがきっかけだった。以来、毎年、市内の小中学校を巡って講話を続けている。四十八願さんは「今の若い人たちに伝えたいのは戦争は絶対だめ、という一点。
東京新聞2019/8/16栃木
毎年参列しているという野木町の男性(86)は、太平洋戦争末期にニューギニアで叔父=当時(22)=が戦死した。子供のころ一緒に遊んでくれた姿を思い出すといい、「戦後になって、家族に戦死の知らせがきた。遺骨も何もなかった」と振り返った。
東京新聞2019/8/16栃木
同委員会会長の木村好文(きむらよしふみ)県議は「戦争から学んだ教訓を肝に銘じ、戦争の悲惨さを子や孫に語り伝える。戦争は絶対にしない、させない、という思いをつなぐことが私たち遺族の責務」と述べた。同委員会名誉会長の福田富一(ふくだとみかず)知事は「再び悲しみの歴史を繰り返さぬよう決意を新たにし、恒久平和を願う。
下野新聞2019/8/16栃木
ある会員は、三好氏が土佐の長宗我部氏に敗れた中富川の合戦を「織田信長、豊臣秀吉の全国統一戦争の一環」と位置付けている。出水さんは「新しい史実が分かったり塗り替えられたりしている。長慶が活躍するドラマの制作につなげたい」と意欲を見せている。
徳島新聞2019/8/16徳島
米軍機による攻撃で四人が亡くなった陸軍東部第一九〇三部隊調布隊の遺族や園児ら約四十人が参列。正午に「今日の平和は戦争の犠牲となられた多くの人々を礎として成り立っています」と、市の防災行政無線が呼び掛けたのに合わせ、慰霊碑の前で黙とうをささげた。
東京新聞2019/8/16東京
太平洋戦争末期、現在の武蔵野市にあった中島飛行機武蔵製作所を狙った米軍の空襲をテーマにした朗読劇が十五日、市内で上演された。終了後、一九四四年の春から一年間、学徒動員で軍需工場の武蔵製作所で働いた矢島淑子さん(90)=東久留米市=が当時の様子を語った。
東京新聞2019/8/16東京
昭和七年生まれの早乙女さんは自身の戦争体験などを元にした多くの著作で知られる。同センターが開館した二〇〇二年から今年六月まで館長を務めた。授業では「空襲で半分焼けた家に住んで終戦を迎えた」と自己紹介。
東京新聞2019/8/16東京
都内各地でも、戦没者を悼み、不戦、平和の誓いを新たにする式典や、戦争の悲惨さを学ぶ催しがあった。都戦没者追悼式は、文京区の文京シビックホールで開かれ、遺族ら約九百人が参列した。遺族を代表したあいさつで、狛江市の武藤孝行さん(77)は一九四五年に父親が現在のパプアニューギニアでの戦闘で死亡し、空の遺骨箱を受け取った記憶を振り返った。
東京新聞2019/8/16東京
 石井隆一知事が「令和という新しい時代に、悲惨な戦争の記憶を風化させず、平和の尊さを語り継いでいくことが私たちの重要な使命だ」と式辞した。中川忠昭県議会議長、県市長会代表の田中幹夫南砺市長、田原政信県遺族会長が追悼の辞を述べた。
北國新聞2019/8/16富山
戦争の悲惨さを後世に伝えたいという県遺族会の要望で、今年から初めて戦没者のひ孫も遺族代表に加わった。石井隆一知事は「平和の尊さを次世代に語り継ぐことが今を生きる私たちに課せられた使命だ」と式辞を述べた。
中日新聞2019/8/16富山
亡くなる前年に撮影された動画も披露され、歌川さんは「石原元中将は太平洋戦争につながった『満州事変の首謀者』との印象が強いが、著書や発言などから平和を求めていた姿が浮かんでくる」と話した。愛知県豊田市から初めて墓所を訪れた島川資子さん(50)は、松林の中の静かな空間に「穏やかな気持ちになる」と手を合わせた。
山形新聞2019/8/16山形
甲子園球場は米軍に接収されていたため西宮球場が戦いの舞台となり、大会期間中に選手たちが食べるコメは地元から持ち込まなければならない。そんな時期だった。2回戦で対戦し、北海道代表の函館中学が13対5で山形中学に勝利したが、持参したコメが底をついてしまった。
山形新聞2019/8/16山形
甲子園球場は米軍に接収されていたため西宮球場が戦いの舞台となり、大会期間中に選手たちが食べるコメは地元から持ち込まなければならない。そんな時期だった。2回戦で対戦し、北海道代表の函館中学が13対5で山形中学に勝利したが、持参したコメが底をついてしまった。
山形新聞2019/8/16山形
下関の空襲や戦争の歴史を次世代に伝えようと資料の展示などに取り組む下関市綾羅木本町の井手久美子さん(68)が、出版社「かんもん書房」を立ち上げた。下関出身の兵士が家族に宛てた軍事郵便をまとめた書籍「ツルブからの手紙改訂版」(税込み1944円)を17日に刊行する。
山口新聞2019/8/16山口