2020年8月6日 自衛隊、北広島、カウラ、下地島、加世田、馬毛島、ナガサキ

2020年8月6日の42件のメディアの記事などを解析しました。にマスコミで報じられたニュースには、シベリア、加世田、歯止め、ロケット、トンネル、馬毛島、焼夷弾、ナガサキ、パネル、博物館、ラッパ、佐世保、きょう、後遺症、カウラ、北広島、特攻隊、辺野古、ハルビン、下地島、パンプキン、保育園、湯の花、石ころ、自衛隊、コロナ、ヒロシマ、コラム、手りゅう弾、モニュメント、といった文字が記事にありました。42件の記事URLは以下の通りです。
太平洋戦争中の今治空襲で犠牲になった市民を追悼する戦災者慰霊祭が5日、愛媛県今治市南大門町1丁目のNTT今治支店敷地内の慰霊碑前であった。市民ら25人ほどが参列し、戦争のない平和な社会を誓った。
愛媛新聞2020/8/6愛媛
戦争体験者が少なくなり、関係者は記憶の継承への危機感をにじませる。市民は平和への思いを語り継ぎ、犠牲者の冥福を祈った。被害の大きかった広瀬川に架かる比刀根橋近くの慰霊碑では、地元の住吉町二丁目自治会(柿沼孝会長)が追悼慰霊祭を開催した。
上毛新聞2020/8/6群馬
7歳違いの兄卓夫さん(享年23)を戦争で亡くした町屈足の酪農家で、町遺族会会員の袴田幸男さん(91)。起床から消灯まで軍隊生活を指図し「出てくる敵は皆倒せ」と突撃の合図にも使われたラッパへの複雑な思いを聞いた。
北海道新聞2020/8/6北海道
それから1年後の1946年8月15日に日本へ引き揚げるまで、戦争の理不尽さを目の当たりにし、記憶は今も鮮明だ。自費出版などで体験を伝えてきた後山さんは切に願う。「若い世代は歴史を学び、平和な世界をつくることに関心を持ってほしい」と。
北海道新聞2020/8/6北海道
公園は焼け野原の跡地に造られ、モニュメントは戦争の記憶を継承するためにと、市民の寄付を受け1995年に建てられた。☆田さんは約30年前に旅行で鹿児島県を訪れた際、特攻隊の出撃基地のあった知覧(ちらん)町(現南九州市)の特攻平和会館を見学し、若い特攻隊員が家族や恋人へ宛てた遺書を見て言葉を失った。
北海道新聞2020/8/6北海道
節目の年にあたり、北広島市遺族会長の堀田峰生さん(89)は、父親がシベリア抑留中に亡くなったことなどを振り返り、戦争を知らない世代も今夏、「戦争や平和について少しでも考えてほしい」と訴える。堀田さんは開拓農家の長男として生まれた。
北海道新聞2020/8/6北海道
広島、長崎に落とした原爆の投下訓練として、米軍の特別部隊が1945年7月下旬から8月に本州、四国の18都府県に計49発の「模擬原爆」を落下させた。死者は400人を超え、1200人以上が負傷。長崎に投。
西日本新聞2020/8/6福岡
宮崎さんは「戦争や原爆とは何か、なぜ起きたのか、学びを深めるきっかけになれば」と願う。
神戸新聞2020/8/6兵庫
連載「私の戦争戦後75年」は原爆編として、現在は東播地域で暮らす被爆者5人の体験を紹介する。◇◇■兵庫県加古川市相良勝三郎さん(97)広島は、地獄のようでした。被爆し、顔も体も赤黒く腫れた人たち。
神戸新聞2020/8/6兵庫
市が、戦争を知らない世代に命の尊さを考えてもらおうと、2005年から毎年開催する。
神戸新聞2020/8/6兵庫
戦争のせいだ。でも親、きょうだいには言うな」数カ月後、長男が生まれた。元気に育ち、被爆した自分の良き理解者になった。
神戸新聞2020/8/6兵庫
航空自衛隊は「安全の日」と定めた7月1日に、災害派遣を除く航空機の運航を原則中止して安全教育や点検を実施している。事故機が所属していた松島基地の担当者は「雫石事故が与えた影響は大きく、その歴史を忘れてはならない。
河北新報2020/8/6岩手
太平洋戦争中、陸軍万世航空基地があった南さつま市加世田高橋の万世特攻平和祈念館は、戦後75年にちなみ、同基地を飛び立った第75振武隊の遺品を展示している。隊長の大岩覚(さとる)少佐=当時(26)=の遺品は初公開。
南日本新聞2020/8/6鹿児島
防衛省が西之表市馬毛島で計画する自衛隊基地と米軍空母艦載機陸上離着陸訓練(FCLP)の移転について、同省の山本朋広副大臣は7日、同市の八板俊輔市長と鹿児島県の塩田康一知事にそれぞれ面会し、整備計画を説明する。
南日本新聞2020/8/6鹿児島
鹿児島に戻ると米軍の空襲で航空隊の施設が破壊されていて、しばらく穴蔵生活だった。その後、三重海軍航空隊の野辺山派遣隊(長野県)に赴任。小高い丘で、グライダーによる滑空訓練に明け暮れた。
南日本新聞2020/8/6鹿児島
このうち熊本市北区の20代と30代男性の2人は陸上自衛隊北熊本駐屯地(熊本市北区)に勤務。市によると、2人は7月4日。
西日本新聞2020/8/6熊本
小畑さんは原爆展を開いた時代背景について、ソ連による原爆開発(49年)と、朝鮮戦争(50~53年)での核兵器使用への危機感があったとし、「原爆の被害を多くの人に伝えないといけないと純粋に考えていた」と話す。
京都新聞2020/8/6京都
防衛省航空幕僚監部は6日、新富町の航空自衛隊新田原基地に所属する20代の男性隊員1人が、新型コロナウイルスに感染したと発表した。県内の自衛隊員では初めてとみられる。
宮崎日日新聞2020/8/6宮崎
大村市の陸上自衛隊水陸機動団誘致期成会の園田裕史会長(市長)らが6日、防衛省を訪れ、新編予定の「第3水陸機動連隊」の陸自竹松駐屯地への誘致を要望した。面会した岩田和親政務官は「しっかり受け止める」と応じた。
長崎新聞2020/8/6長崎
【中部】米軍嘉手納基地所属のF15戦闘機の部品落下事故から一夜明けた5日、落下地点となる恐れがある付近の住民や自治体関係者からは怒りや恐怖の声が上がった。沖縄市登川に住む福祉関係の伊波実さん(41)は「驚いた。
琉球新報2020/8/6沖縄
沖縄周辺の防空拠点となっている航空自衛隊那覇基地から尖閣までの距離が約410キロなのに対し、下地島空港からだと約190キロと近い。F15戦闘機が離着陸できる長さ3千メートルの滑走路もあり、自民国防族が関心を高めている。
沖縄タイムス2020/8/6沖縄
沖縄県で4日に発生した米軍F15戦闘機からの部品落下事故を巡り、米軍嘉手納基地は5日、本紙にF15は同基地の所属であり、落下した部品は重さ約3・6キロの金属製と明らかにした。午前10時半に落下が判明したが、沖縄防衛局を通じ県に連絡があったのは10時間以上たった午後8時45分だった。
沖縄タイムス2020/8/6沖縄
県によると在沖米軍基地ではキャンプ・フォスターで2人、キャンプ・コートニーで1人感染し、基地内の累計陽性者数は289人。一方、在沖米海兵隊は5日の公式フェイスブックで、キャンプ・コートニー7人、キャンプ瑞慶覧内の海軍病院に勤務する3人の計10人の感染を公表した。
沖縄タイムス2020/8/6沖縄
米軍が撮影した沖縄島への上陸の様子、焼け崩れた那覇市内の空撮写真など18点の資料を展示する。ニュースパークは常設展で戦意高揚などに携わった新聞の歴史を紹介するコーナーを設けているが、昨年から終戦記念日のある8月に、ヤフーの協力を得て戦争報道と地方紙の取り組みを紹介する展示を始めた。
琉球新報2020/8/6沖縄
戦争の傷痕が残る自分自身と向き合う一方、沖縄に残る戦争の傷跡には拒絶反応を示す。1945年8月6日午前8時15分、米軍は広島市に原爆を落とした。中原さんの父隆明さん、母カズエさん、祖母カツエさん、兄康司さんの4人が住んでいた同市富士見町は市中心部で、爆心地から1キロほどしか離れていなかった。
琉球新報2020/8/6沖縄
安全保障を米国の「核の傘」に依存する考えは幻想である。被爆から75年に際し、日本が取り組むべきは核兵器禁止条約を批准し発効させることである。核戦争の脅威にさらされた東西冷戦終結から30年。
琉球新報2020/8/6沖縄
沖縄師範学校生が掘った留魂壕の一角に、地元紙の沖縄新報の記者らが詰め、司令部の広報担当から戦況などを聞いて記事を書き、壕内で印刷し、米軍の砲弾がやんだ隙を縫って新聞を届けた▼戦争下での新聞発行は5月25日まで続いた。
琉球新報2020/8/6沖縄
海上自衛隊が情報収集と警戒監視に当たった事例がある。菅義偉官房長官も同日の会見で、中国側に対して「海上保安庁の巡視船から警告を行うとともに、外交ルートを通じて厳重に抗議している」と説明。「中国に対しては毅然(きぜん)と冷静に対応していきたい」と述べた。
沖縄タイムス2020/8/6沖縄
防衛局は、米軍や工事業者と協議し、工事の継続を確認。「辺野古移設に向けた工事を着実に進める」とのコメントを発表した。
沖縄タイムス2020/8/6沖縄
米軍基地関係のペーパーがあると思うが、今日は10例の報告。嘉手納2、コートニー6人、フォスター2人、計10人でこれまで合計299、隔離解除が210。基地従業員は増減なし。
沖縄タイムス2020/8/6沖縄
一方、県は同日、米軍関係者でも10人の感染者が米側から報告されたことを明らかにした。内訳はうるま市にあるキャンプ・コートニー6人、北中城村にあるキャンプフォスター2人、米軍嘉手納基地で2人となっている。
琉球新報2020/8/6沖縄
同日判明した米軍関係の新規感染者は10人で、累計感染者数は299人となった。県によると、直近1週間(7月29日~8月4日)の新規感染者数は人口10万人当たり27・87人で、5日連続で全国最多。2番目の東京は17・24人。
沖縄タイムス2020/8/6沖縄
世界中にある核兵器の数を「2万発以上」と紹介するボードや、原爆ドームを背景に雪を食べる戦争孤児の写真、原爆投下の狙いを「兵器の威力を示してソ連をコントロールしやすくするため」とした説明文などを展示している。
佐賀新聞2020/8/6佐賀
戦争の悲劇を二度と繰り返してはいけないと、鹿島市被爆者の会は2011年、石碑を建立した。会員らで毎年、8月9日に慰霊祭を行い犠牲者のために手を合わせる。会長の木原繁義さん(82)=飯田=は「原爆で父を亡くして悲しい思いをした」という。
佐賀新聞2020/8/6佐賀
「大きかろうが、小さかろうが、二度と戦争はしてはいけない」。戦後、年を重ねるごとにその思いを強くしている。(岩本大志)■嬉野海軍病院佐世保鎮守府所管で1937年に設立。
佐賀新聞2020/8/6佐賀
佐賀空襲を経験した人の話を収録した映像や被爆した資料を展示し、来場者に戦争の悲惨さを訴える。9日まで。佐賀市が毎年開いている。
佐賀新聞2020/8/6佐賀
1819(文政2)年に1番曳山「赤獅子」が誕生して以来、太平洋戦争中を含めて過去に中止になった記録はない。2016年には国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。(成富禎倫)。
佐賀新聞2020/8/6佐賀
戦後七十五年の節目に当たり、戦争の恐ろしさや戦時生活に改めて思いをはせる特別展「入間市平和祈念資料展」が五日、市博物館アリットで始まった。十三日まで。 会場には市内の土。
東京新聞2020/8/6埼玉
生き残った仲間や遺族を広島に呼んで慰霊祭を開く傍ら、戦争の悲惨さを学生に語り継いでいた▼出会って2年後、浅田さんは82歳で他界した。亡くなる6日前に病床を訪ねると、荒い息遣いで言葉もほとんど聞き取れなかったが、別れ際にはっきりした口調に戻り、「カウラのことは伝えていかんと」と、いつもの笑みを浮かべた▼カウラ事件からきのうで76年、そしてきょう、広島に原爆が投下されて75年の節目を迎える。
山陰中央新報2020/8/6島根
託された遺品の記録を基に証言集をまとめた工藤智恵禰宜=松江市殿町、松江護国神社太平洋戦争で戦死した人たちと遺族の思い出を集めた証言集「千の約束-あふれる愛の物語」(A5判、114ページ)を松江護国神社(松江市殿町)の工藤智恵禰宜(ねぎ)(54)がまとめた。
山陰中央新報2020/8/6島根
終戦間際の一九四五(昭和二十)年八月、八王子市裏高尾町の湯(い)の花トンネルで起きた米軍戦闘機による列車銃撃事件の犠牲者を慰霊するため、地元住民や遺族らが五日、事件現場近くの慰霊碑に献花した。
東京新聞2020/8/6東京
高岡市吉久地区の住民でつくる古里研究会(大菅正博会長)は5日、戦後75年に合わせた勉強会を地元の町屋「水持家」で開き、メンバーが戦争体験を語り合った。
北日本新聞2020/8/6富山