2020年8月15日(2) 宇都宮、宜野湾、キヨミ、長泉寺、市役所前、れい子、美代子

2020年8月15日の91件のメディアの記事などを分析しました。収集した新聞各社の報道を読むと、パネル、美代子、ぷろん、図書館、センバツ、コロナ、れい子、高校生、市役所前、飛行場、あちこち、暮らし、いちょう、キヨミ、きっかけ、同級生、マスク、発がん、宜野湾、長泉寺、大宜味、後ろ姿、鎮魂歌、デシベル、シンクタンク、防空壕、宇都宮、まとめ、普天間、といった言葉が記事にありました。91件の記事へのリンクをスクラップします。(全91件のうち、2ページ目41件)
◆記憶の風化防ぐ使命がある◆戦後75年、節目の「終戦の日」を迎えた。
宮崎日日新聞2020/8/15宮崎
米軍機が落とした空の薬きょうを手に、長野空襲の惨状を語る山口さん=長野市で 。
中日新聞2020/8/15長野
戦争は激しさを増し、4年生になると毎朝、学校ではなく小倉城のお堀のそばに整列。歩調を整えて陸軍造兵廠(しょう)の門をくぐり、旋盤を使って弾丸を削る作業に従事した。工員さんは工場内に数人しかおらず、私たちは昼夜を問わず勤務し工員さんと変わらぬ生活を送った。
長崎新聞2020/8/15長崎
戦争が終わったのは、国民学校3年の夏だった。ラジオもなかったので、かの有名な天皇のお声も耳にしていない。昭和19年に東京から徳島の祖父母の元に疎開し、大空襲を免れた。
長崎新聞2020/8/15長崎
昭和16年12月太平洋戦争が勃発。18年10月ついに義父に赤紙がきた。佐世保海兵団に入営。
長崎新聞2020/8/15長崎
戦争は嫌だ!このままずっと平和な世界であってほしい!戦後75年たって当時の大変な苦しみを分かる人たちも少なくなってきた。ひと言でも声を出さねばと思う。(佐世保市・無職・80歳)。
長崎新聞2020/8/15長崎
戦争なんて終わればいいのになどと言おうものなら、「非国民」ととがめられ、「絶対言っちゃいかん」とひどく〓(f321)られたものでした。当時、私の家族は両親と兄、姉2人の親子6人。伯父たち親子3人が、先の大阪空襲で焼け出されて身を寄せていたので、9人での生活でした。
長崎新聞2020/8/15長崎
孫が生まれてから、戦争が一層怖くなった。「孫が巻き込まれてはならない」。一日一日が平和で、戦争を二度としない世界であってほしいと願っている。
長崎新聞2020/8/15長崎
「戦争のむごさを感じた」「まさか負けるなんて」-。20代のころから、自らの戦争体験を思い起こし、誰に見せるわけでもなく当時の光景や思いを文章や絵にしてきた。自宅に残るのはA4サイズの紙など約10枚。
長崎新聞2020/8/15長崎
岡山ユネスコ協会は15日、岡山市北区南方の長泉寺で、世界平和を祈り、戦争犠牲者を追悼するため「平和の鐘」を鳴らした。
山陽新聞2020/8/15岡山
米軍基地は沖縄側からの感染管理対策が実質不可能だ。パンデミックという深刻な事態の中で、その米軍基地に関する情報が県内で共有されていなかったことは問題である。米軍の状態によって医療体制の影響を受けるのは地元の医療従事者や市民だ。
琉球新報2020/8/15沖縄
【宜野湾】宜野湾市教育委員会は14日、米軍普天間飛行場の泡消火剤流出に関して二つの市立小学校の池などで調べた有機フッ素化合物(PFAS)の値を、市ホームページで公表した。4月調査で高濃度だったはごろも小の池の値は、5月調査も国の暫定指針値より約6倍高いため、PFAS流入対策を継続する。
琉球新報2020/8/15沖縄
米軍那覇港湾施設(那覇軍港)の浦添市移設を巡り、沖縄防衛局が県や那覇、浦添の両市、那覇港管理組合に対し、浦添市の推す南側案について「米軍が難色を示している」と伝達した。関係者が明らかにした。関係者によると、8月上旬に田中利則防衛局長らが県と両市、那覇港管理組合を訪ねて米軍の意向を伝えた。
琉球新報2020/8/15沖縄
【大宜味】大宜味村議会(平良嗣男議長)は13日、臨時会を開き、在沖米軍基地内で新型コロナウイルスの感染が拡大していることに対し、米軍の感染防止対策の徹底や、基地内従業員・関係者のPCR検査の実施と風評被害の払拭(ふっしょく)に努めることなどを求める決議と意見書を全会一致で可決した。
琉球新報2020/8/15沖縄
在沖米軍基地内では、嘉手納4人、キャンプ・ハンセン5人の計9人が感染し、累計感染者数は計332人となった。新型コロナウイルス感染拡大により県内の医療従事者が不足している問題で、玉城デニー知事は14日、全国知事会を通して看護師の派遣を要請した。
沖縄タイムス2020/8/15沖縄
例えば沖縄独立と米軍撤退を追求するため沖縄の新聞に資金提供し、影響を及ぼすことを通じて沖縄の運動にも影響を及ぼすような非公然ルートがある」と引用した。スチュワート氏は本紙取材に対して「細谷氏には報告書の発言部分の記述を確認してもらった」と説明。
沖縄タイムス2020/8/15沖縄
新型コロナウイルス感染症対策で、米軍基地内の病院で対応できない場合は県立病院など基地外の病院を利用する可能性があることについて、在沖米軍が4月の段階で本島中部の市町村に知らせていたことが14日までに分かった。
琉球新報2020/8/15沖縄
アジア・太平洋戦争の敗戦から75年たった。戦争体験者が少なくなる中で、不戦を誓い、平和を希求する決意を新たにしたい。戦争によって沖縄を占領した米軍は、いまだに駐留している。
琉球新報2020/8/15沖縄
若者でにぎわう原宿や代々木公園は米軍家族の住宅地だった▼「首里の馬」で芥川賞を受賞した高山羽根子さんは場所が語る歴史の重層性にこだわる。「それぞれの時代がその場で層になり重なっている。情報がないとあったことも分からない」と情報保存の大切さを説く▼戦争の痕跡が見えにくくなる中、ややもすると過去の汚点をなかったことにしようとする改竄(かいざん)や修正もうごめく。
琉球新報2020/8/15沖縄
【宜野湾】沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故から16年となる13日、普天間飛行場でMV22オスプレイなどの常駐機が、航空機騒音規制措置(騒音防止協定)の時間外である午後10時を超えて夜間飛行した。県と宜野湾市の騒音測定によると、午後10時52分に上大謝名公民館で最大87・2デシベルの騒音が発生し、市民から「うるさい」と市に苦情があった。
琉球新報2020/8/15沖縄
米軍関係の新規感染者は嘉手納基地で3人が確認された。米軍関係の感染者は累計で335人。【琉球新報電子版】。
琉球新報2020/8/15沖縄
米軍関係は3人。14日には、1日の感染報告数では9日の158人に次いで多い106人の感染を確認していた。県内の直近1週間(7~13日)の新規感染者数は人口10万人あたり42・55人で、14日連続で全国最多。
沖縄タイムス2020/8/15沖縄
そこに僕の母親の戦争体験がミックスされています。この曲を作っている途中で、FECオフィス(沖縄のお笑い芸能事務所)の社長の山城智二さんに聞いてもらったら、智二さんも「似たような経験がある」って言ってくれました。
沖縄タイムス2020/8/15沖縄
戦後75年の節目に合わせ、これまでの戦争の歴史や現状について、幅広い分野の図書を集めて展示した企画展「これまでの戦争・これからの戦争展」が、大阪市西区の市立中央図書館で開かれている。中国古代の兵法「孫子」から第2次世界大戦、今も続く地域紛争の話まで約300冊を取りそろえ、平和に思いを寄せるきっかけを提供している。
大阪日日新聞2020/8/15大阪
同区役所が主催し、焼け野原となった大阪の街や爆風の激しさを物語る写真が展示されており、来場者は戦争の悲惨さと平和の尊さに改めて思いを深めた。16日まで。写真パネルは爆風で破壊された民家や、被災して鉄骨がむき出しになったままの森ノ宮駅のほか、担架でけが人を搬送する訓練をする子どもたちの様子を紹介している。
大阪日日新聞2020/8/15大阪
太平洋戦争時の体験をつづった内容も多く、当時の暮らしぶりがうかがえる。執筆者の一人、西原マツヨさん(88)は久保田町生まれで、終戦時は佐賀清和高等女学校の1年(現在の中学1年)だった。「物がなくて不自由だったけれど、それが当たり前だった。
佐賀新聞2020/8/15佐賀
終戦から75年となり、戦争を自らの体験として語ることができる人が限られる中、戦時下の状況をとどめる防空壕跡が佐賀県内に約90カ所残っている。「戦争遺跡」として保存する動きはなく、地域の住民からも存在が忘れられようとしており、専門家からは「後世のために記録だけでも残して」と求める声がある。
佐賀新聞2020/8/15佐賀
新型コロナウイルス感染拡大の影響で参列者は例年の半分となる約90人で、戦争の悲惨さと平和の尊さを継承する思いを新たにした。太平洋戦争で家族を亡くした遺族、国会議員らが参列した。密集など「3密」を避けるためにテントを離して設置し、座席は半分に減らした。
佐賀新聞2020/8/15佐賀
子どもたちは戦争の犠牲者や新型コロナウイルスで亡くなった方々を悼み、平和への祈りをささげた。園児から中学生までの子どもたちと門徒ら約40人が参加し、1人ずつ鐘を突いた。ボーイスカウト佐賀第1団ビーバー隊の新郷典子隊長(65)による「コロナ禍で離れていても心はそばにいる」と訴える詩の朗読もあった。
佐賀新聞2020/8/15佐賀
熊谷空襲があった夜、高城さんは自宅があった行田で、米軍爆撃機のB29が焼夷(しょうい)弾を投下する音を聞いた。焼夷弾は弾薬が詰まった金属製の筒が三十数本まとまったもので、上空で散開し炎を噴き上げて地上を襲う。
埼玉新聞2020/8/15埼玉
通常の「夏の甲子園」が行われないのは、終戦の1945年以来75年ぶりだ▼甲子園で名をはせた伝説の名投手も、戦争に翻弄(ほんろう)された。地区予選で1試合23奪三振を記録した京都商の右腕・沢村栄治(1917~44年)。
山陰中央新報2020/8/15島根
「戦後ゼロ年ここから」の練習を重ねる石見国くにびき18座のメンバー=浜田市野原町、いわみ~る島根県浜田市を拠点にする平均年齢78歳のシニア演劇グループ「石見国(いわみのくに)くにびき18(いちはち)座」が、戦争孤児をテーマにした舞台「戦後ゼロ年ここから」の練習を重ねている。
山陰中央新報2020/8/15島根
作業はまずAIによる自動着色を行い、戦争体験者などの証言を基に修正を施す。
下野新聞2020/8/15栃木
焼け焦げた幹と枝が、戦争の惨禍を如実に伝える。宇都宮空襲で被災した「旭町の大いちょう」(宇都宮市中央1丁目)の白黒写真も今回、人工知能(AI)を活用してカラー化した。カラー写真は抜けるような青空が鮮やかに映え、大樹の受難を強調しているかのようだ。
下野新聞2020/8/15栃木
戦争や平和について学ぶ若者は、写真に写る人々の営みに思いをはせ、「カラー化によって、(戦争は)今も起き得ることだと想像させてくれる」とイメージを膨らませた。宇都宮空襲で米軍攻撃の中心点になったとされる中央国民学校(現・宇都宮市中央小)に通っていた簗昌子(やなまさこ)さん(85)=宇都宮市=は「カラーになると、よく分かりますね」と目を見張った。
下野新聞2020/8/15栃木
16歳で陸軍少年飛行兵を志願し、静岡県の連隊本部で終戦を迎えた栃木県佐野市石塚町の四十八願好造(よいならよしぞう)さん(96)はこのほど、自らの戦争体験をまとめた冊子「薄れゆく少年飛行兵特攻隊」を作成した。
下野新聞2020/8/15栃木
宇都宮空襲をはじめとする戦災を語り継ぐ活動を20年にわたって続ける栃木県宇都宮市鶴田町、大野幹夫(おおのみきお)さんは、88歳になった今も戦争の真実の追求に心血を注ぐ。「記憶に頼ると、正確な事実は伝わらない」。
下野新聞2020/8/15栃木
岡部文さん(96)は太平洋戦争末期の45年2月、蔵本の兵営で陸軍に入った。当時20歳。橘尋常高等小学校(現橘小)の高等科を2年で中退して、橘町役場で働いていた。
徳島新聞2020/8/15徳島
戦時の記憶を語り継ぐ人が少なくなる中、戦争体験者や当時の様子を知る鳥取県内在住者に話を聞くとともに、県文化財課の西村芳将さんに当時の国の動きなどを解説してもらう。
日本海新聞2020/8/15鳥取
■誇りや覚悟つづる海軍航空兵として太平洋戦争で戦死した松田俊郎さん(享年19)が、練習生時代から亡くなるまでの3年余りの間、富山市の家族に宛てた手紙とはがき約60通が、市内の親族宅に残されている。
北日本新聞2020/8/15富山
佐藤孝弘市長は「直接戦争を知らない世代が多数を占める今、凄惨(せいさん)な歴史の記憶を次世代に継承し、平和へのたゆまぬ努力を続けなければいけない」とあいさつした。祖父を戦争で亡くした市遺族連合会青年部長の山岸正昭さん(60)=宮町5丁目=は「鐘を打ち、戦没者を思う気持ちを強くした。
山形新聞2020/8/15山形