2021年4月4日 ハツヱ、堀之内

2021年4月4日の8件の報道各社の記事を収集しました。ザッピングしたところ、仲間入り、チビチリガマ、堀之内、ハツヱ、落下傘、コロナ、ピアノ、おにぎり、という語句が使われていました。8件の記事へのリンクをスクラップしておきますね。
戦争が長期化する中、父も沖縄県の石垣島に出征しました。山口県防府市で母との2人暮らしが始まりました。秋田の母の実家からは「食料も十分あるから、こっちで暮らさないか」と誘われていたんですが、母は父の帰。
秋田魁新報2021/4/4秋田
湧水町とえびの市にまたがる陸上自衛隊霧島演習場で5月14~16日、陸自と米海兵隊、フランス陸軍の日米仏共同訓練が計画されていることが1日、分かった。3カ国の陸上部隊による日本国内での本格訓練は初となる。
南日本新聞2021/4/4鹿児島
隊員2人の感染が確認されていた海上自衛隊の舞鶴地区所在部隊で新たに隊員3人の陽性が判明し、府はクラスター(感染者集団)が発生したとみている。居住地別では木津川市6人、八幡市と京田辺市が各5人、舞鶴市、宇治市、城陽市、長岡京市が各4人、亀岡市2人、京丹後市と精華町が各1人だった。
京都新聞2021/4/4京都
太平洋戦争で使われた落下傘が、小林市細野の堀之内修さん(94)方に保管されている。川南町の落下傘部隊で使用されていた物で、終戦翌年に妹の泰子さん(故人)が高鍋町にあった自宅に持ち帰った。所々が切り抜。
宮崎日日新聞2021/4/4宮崎
本島に上陸した米軍が侵入すると、追い詰められた住民らが肉親を手に掛ける悲劇が起きた。家族で避難していた上原進助さん(87)=米ハワイ州在住=が国際電話で取材に応じ、チビチリガマで見た光景を語った。1945年4月1日、母や妹ら家族とチビチリガマに避難していた上原さんは、米兵と戦うために竹やりを持って出た住民2人が銃で撃たれる音を聞いた。
沖縄タイムス2021/4/4沖縄
1945年4月1日に沖縄本島に上陸した米軍はチビチリガマ周辺に侵攻。ガマへ避難した住民約140人中、85人が亡くなった。與那覇会長は体験者の参列がなかったことに「コロナ禍もあるが、遺族も高齢化している。
沖縄タイムス2021/4/4沖縄
「耕す畑もなくなって米軍と、日本復帰後は自衛隊と付き合うしか生きるすべがなかった」。同じことを言った一人は小禄かいわいで米軍人や自衛官に家を貸し、家族ぐるみで付き合った金城栄一さん(79)=豊見城市。もう一人は平和憲法を学ぶ「小禄九条の会」の代表世話人、平良亀之助さん(84)=那覇市=だった。
沖縄タイムス2021/4/4沖縄
8月7日に米子市文化ホールで開かれる「2021平和のための戦争展」の実行委員会は、特別企画として広島市への原爆投下で被害を受けた「被爆ピアノ」のコンサートを企画した。
日本海新聞2021/4/4鳥取